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  「教える人」を教えるから、人が育つ。
教育と臨床の融合から生まれた
新しい「人づくりの仕組み」がここにある。

長澤加奈子/伊勢赤十字病院 内科病棟(糖尿病・代謝内科)


 

main平成24年1月、新病院に移転した伊勢赤十字病院。職員の満足を第一に設計された院内は、働きやすい工夫が随所に盛り込まれ、病院見学に来た学生たちも一様に感嘆の声を上げる。しかし、同院の本当の魅力は、そうした建物の設計思想だけではない。実は、個々の看護師の能力を最大限に引き出す「人をつくる仕組み」にこそ、マグネットホスピタルを志向する同院の秘策があった。

 

 

 


  コーチングの手法を学んだ「教育担当看護師」が、後輩たちのやる気と能力を引き出していく。


 

プリセプターの役割は、新人と他のスタッフの人間関係を繋ぐこと。

640192 長澤加奈子看護師が伊勢赤十字病院(当時は、山田赤十字病院)に入職したのは、平成13年。結婚を機に、5年間勤務した山梨県の大学病院を退職。夫の住む三重県伊勢市に転居し、夫の両親の勧めもあって同院に入職した。それから2度の出産に伴う産前産後休暇・育児休業を経て、平成22年、職場復帰した。
 復帰した長澤は、糖尿病・代謝内科に配属。チームリーダーとして後輩のまとめ役を務める一方で、昨年1年間は久しぶりに新人の教育係であるプリセプター(※)を担当した。初々しい新人と触れ合うなかで、長澤はふと、初めてプリセプターになったときのことを思い出す。
 卒後3年目で経験した初めてのプリセプターは、今でも忘れられない苦い思い出だ。「最初は嬉しかったんですが、新人が仕事を覚えられないことが自分の責任のように感じられ、どんどん追いつめられました。教えたくても自分が解っていないことも多かったし、指導に手を取られ、自分の仕事まで疎かになってしまう。もう、その新人と関わること自体が嫌になるほど、辛かったですね」と長澤は振り返る。
 その頃とは違い、長澤は今、伊勢赤十字病院でゆとりをもって新人に接している。プリセプターの役割に対する考え方も変わった。「新人を教えるのはプリセプターだけじゃありません。いろんな先輩がいろんな場面で新人を教えます。だから、新人のいいところをみんなにアピールして、先輩後輩の人間関係を繋ぐというか、他のスタッフとの架け橋になれればいいかなと」。
 気負いのない長澤の指導は、何よりも新人の緊張感を解きほぐす。さらに、新人を部署全体で受け入れ、みんなで導いていこうという雰囲気を作り出している。

※プリセプターとは、新人看護師(プリセプティ)の教育・指導を行う看護師のこと。1人のプリセプティに1人のプリセプターがついて、1年間を通じてきめ細かく指導する。

「教える人を教える」仕組み。長澤が大きく成長した教育担当者研修。

640041 後輩の指導を苦手としていた長澤が変化したのは、院内で1年間受けた「教育担当者研修」だった。これは、毎年、20名ほどの看護師が参加し、教育担当者に必要な知識やスキルを習得するもの。今の新卒者がどんなカリキュラムで勉強してきたかを把握し、教育方法を学び、さらには教育方法のプラン作りまでを学ぶ。
 この研修を受けて、長澤の教育に対する考え方は180度転換した。「それまでは、指導とは厳しくするもので、きつく言えない私は指導者に向かないとも思っていました。でも、研修を受けて、みんなが自由に意見を言える雰囲気作りがまず大切なこと、相手に対し“どう思う?”と問いかけ、答えを引き出す工夫も大切だと知りました」。
640134 そういう指導なら、私にもできると自信をつけた長澤は今、糖尿病・代謝内科の教育担当者として新人を指導したり、悩んでいるプリセプターにアドバイスしたり、中堅看護師のレベルアップを支援している。
 同院では、こうした教育担当者を各部署に配置し、「教える人」の教育に力を注ぐ。学ぶ人、教える人、それぞれの教育を並行して行うことで、教育効果を最大限に高めているのだ。同時に、看護部と研修センターが連携し、新卒者の教育はもちろん、キャリア開発ラダーシステム(※)に基づく継続教育を推進するなど、充実した看護師教育体制を確立している。

※キャリア開発ラダーシステムとは、赤十字の看護職員として必要な看護実践能力を段階的に明示し、臨床看護実践能力を育成するシステム。

転機となったのは、併設されていた看護専門学校の閉校。

640123 同院の看護師養成の歴史は長いものの、以前から現在ほど充実した教育体制が整っていたわけではない。育児休業のブランクを経て復帰した長澤が驚いたのも、「看護部の教育が格段に進化していること」だったという。
 短期間に集中して整備された看護師教育体制。その契機となったのが、平成18年、病院に併設されていた山田赤十字看護専門学校の閉校である(詳しくはコラム参照)。この閉校により、それまで看護専門学校の卒業生がエスカレーター式に入職してきた体制、言わば、卒前教育と卒後教育の一気通貫システムが崩れた。
 閉校後に入職してきた看護師たちの出身校は、多種多様。同じ赤十字精神を学び、価値観を共有できていた以前の新卒者とは、明らかに違っていた。副院長兼看護部長の松井和世は、そんな新人たちを見て、「価値観はもちろん、立ち居振る舞い一つにしても違うので最初は面食らった」という。
 そこで急遽始まったのが、看護部と研修センターの連携による、新しい教育体制作りだった。この研修センターは、看護専門学校の閉校と同時にできた部門である。「看護教育は病院の柱である」という村林紘二院長の強い意思で、山田赤十字看護専門学校の教員を招き入れ、看護師を中心に職員の臨床研修体制を構築するために開設された。
 研修センターの準備は平成17年頃からスタートした。「山田赤十字看護専門学校の教員(当時)と何度もディスカッションを重ね、看護部の教育方針などを詰めていきました。その濃密な時間があったからこそ、お互いの理解も信頼関係も育まれ、今日の教育体制として実を結んだのだと思います」と、松井副院長は語る。

この地域でより高度な看護を実践するために。

640211 看護部と研修センターが作り上げた看護師教育体制は、まさに学校教育のノウハウと臨床現場のニーズを融合させた中味の濃いものだ。ポイントは、先に紹介した「教育担当者」を教育すること。そして、そこに「コーチング」の手法を取り入れたことだ。コーチングとは、技術や知識を伝授するティーチングに対し、本人の“気づき”を促し、目標の達成を支援する人材開発手法。「以前の新人は、赤十字精神を根幹に、一から十まで言わずとも理解できるので、ティーチングで良かった。でも、今の新人たちは、ゼロから伝えなくてはならない。ゼロから能力を引き出すには、コーチングしかないと考えました」と、松井副院長は説明する。
00 松井副院長がこうした教育体制により看護師に期待するのは、「ケアリングの実践」である。患者を尊重し、充分な配慮をもってケアをする。その姿勢や行動自体が、自分を育てることになるという考えだ。
 最後に、松井副院長に今後の課題を聞いてみた。「やはり、“人づくり”に尽きますね。最終的な目標は、地域の皆さんに愛されてきた赤十字精神に基づく看護を引き継ぎ、この地域でより良い看護を提供していくこと。そのための“人づくり”に全力を注いでいきます」。
 松井副院長の視線は、病院内に留まることなく、地域全体に注がれている。地域の看護教育を自院が担うという使命感をもち、この地域でより高度な看護を実践していこうとしている。


 

column

コラム

●平成18年に閉校した山田赤十字看護専門学校は、歴史ある看護師の養成機関だった。明治34年、日本赤十字社三重支部看護婦養成所として創設。また、実習病院の必要性から、隣接地に宇治山田町立病院を建設し、それが明治37年、日本赤十字社に寄付され、日本赤十字社三重支部山田病院(現・伊勢赤十字病院)となった経緯をもつ。

●閉校の理由は、日本赤十字社の看護基礎教育機関の再編成計画に伴って開学した日本赤十字豊田看護大学に、看護師養成を集中させるためである。

●しかし、この地に連綿と受け継がれてきた、赤十字看護師教育の伝統を絶やしてはならない。村林院長はその必要性を誰よりも強く感じ、学校教員を病院に迎え入れ、研修センターを作った。「赤十字の人道」を根本理念とした看護師教育は今、臨床の最前線で受け継がれているのである。




backstage

バックステージ

●平成22年から新人看護職員研修が医療機関の努力義務となり、新人看護師に対する教育計画はどの病院でも整備されるようになった。また、現在、多くの病院で「クリニカルラダーシステム」などが導入され、看護師のキャリア開発にも力が注がれている。そうした教育体制作りにおいて、もっとも肝心なのは、「人が人を育てる」という視点だろう。

●伊勢赤十字病院では、学ぶ人を育てると同時に、教える人を育てる仕組みを作り、まさに「人」にフォーカスした教育の仕組みを構築している。だからこそ、教育システムが単なる「枠組み」に留まらず、確実に機能しているのだろう。看護師は一生学び続ける職業だからこそ、病院の教育環境のレベルが看護師人生に大きな影響を与える。その意味で、同院は学び続けたい人にとって最適な舞台といえるのではないだろうか。

 


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