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地域で、肺がん診療の
最後の砦となる。

 

 

中部ろうさい病院


<呼吸器科>の結束力で、
肺がんの診断から治療まで、
すべてがここで完結できる。

main

中部ろうさい病院には、日々、多くの呼吸器疾患の患者が訪れる。
それに対応できるのは、一人の呼吸器外科医の赴任がきっかけ。
そして、もう一人、呼吸器内科医の赴任を得て、盤石の診療体制が誕生。
呼吸器病センターとしてさらなる歩みを続けている。

 

 

 

 

 

迅速確実な診断力、最先端の外科手術、最新の化学療法。
最善の肺がん診療に、2つの科が挑む。

135__Rousai2016L24 日本人の死亡原因の第1位は、がん。なかでも肺がんは治療困難(コラム参照)とされている。その肺がん診療に果敢に挑戦をするのが、中部ろうさい病院である。
 同院の肺がん診療への本格的な取り組みは、平成19年、呼吸器外科立ち上げを任された菅谷将一医師の部長就任に始まる。それまで呼吸器疾患手術は一般外科が対応していた。だが、同院のある地域は港で働く人が多い。そのため粉じんによるじん肺、なかでも肺がんの患者が多く、また、腎臓病や糖尿病など合併症を抱えるケースも少なくない。そのため呼吸器と腫瘍学に精通した菅谷に白羽の矢が立ったのだ。菅谷は、医療機器整備、看護師指導など、ゼロから取り組んだ。最も力を入れたのは、手術の高度化。二人の若手医師とともに、開胸手術はもちろん、胸につけた小さな傷から手術を行う胸腔鏡下手術、さらには、肺機能温存のための区域切除(区域を区切った縮小手術)など、根治性を担保しつつ、患者の負担軽減を考えた最新の手術を取り入れていった。
175__Rousai2016L24 一方、その頃の呼吸器内科は、医師が3名と少なく、機器の整備も不充分で、肺がんの正確な診断が院内では困難であった。肺がん専門の外科医として、歯がゆさを感じる菅谷。だが、転機は2年後に訪れる。平成21年、呼吸器内科部長として松尾正樹医師が赴任したのだ。彼もまた肺がんが専門である。
 松尾は、診断力の向上に努めた。なぜなら、肺がんは手術でしか根治は望めない。菅谷の腕を最大限に活かし、患者により良い治療を受けてもらうには、呼吸器内科が少しでも早く確実に診断することが鍵だからだ。最も注力したのが、ナビゲーション機能を果たすCT・超音波装置を駆使し、気管・気管支の中の観察や、組織・細胞などを採取する気管支鏡検査。気管支は奥に入るほど細く枝分かれしており、内科医には熟練の業が必要とされる。松尾は自らが率先して見せ、医師を教育。その水準向上を図った。加えて、化学療法による抗がん剤治療にも力を注ぐ。抗がん剤は以前より格段に進化し、副作用を小さくする支持療法も増えている。また、分子標的薬(がん細胞を分子レベルでとらえ、その機能を制御する薬剤)も登場。そうした新たな化学療法を有効に取り入れるため、常に学会や研修に参加し研究を続けた。
 呼吸器外科と呼吸器内科。それぞれ診療科としての骨格ができ上がり、両科は連携。現在では、ほとんどの肺がん治療は、同院で完結できるまでになっている。

ボックス(知ろう)1

 

 

呼吸器病センター誕生。内科・外科ではなく、
<呼吸器科>としての総合力を高度化し、さらなる地平をめざす。

 Plus顔写真1 菅谷と松尾の結束力は強い。始まりは、松尾の就任直後、二人で徹底的に行った会話。診療方針、病院や地域への目線など、互いの出身大学や大学医局(大学医学部の研究室、診療科ごとのグループ組織)の違いを物ともせず、本音を語り合った。そして、意気投合。現在では、「松尾先生が来る前に比べ、呼吸器内科での肺がん診断率が大幅に向上しました。的確な診断があるから、手術の事前準備も完璧にできます」と菅谷。「合併症が予測され、手術適応の判断が微妙なときでも、菅谷先生は難なく手術をしてくれます。内科医として、とても安心ですね」と松尾。互いの能力を、最大限に活かし合った診療を実現しているのだ。
 菅谷と松尾の努力は、平成28年7月、呼吸器病センターの開設をもたらした。「最初から両科の力を結集したセンター的な思いでやってきたんですがね」と菅谷が苦笑いすると、松尾は「入院病棟が一つになり、スタッフが動きやすくなったのは、センター開設のお陰ですよ」と微笑む。
Plus顔写真2 菅谷は言う。「これからは肺がんを含めた呼吸器疾患に対して、もっと多職種を巻き込みたい。診断で関わる病理医、治療で関わる放射線科医、看護師、リハビリスタッフなどと定期的なカンファレンスを開き、院内での会話を増やす。つまりは、呼吸器疾患にかかる総合力をさらに高めていきたいですね」。松尾は言う。「医師でいうと、<呼吸器科>として、内科も外科もある程度理解する、呼吸器科医を育成したい。僕らの連携、関係を活かして、大きな学びの場を作っていきたいですね」。
 そして、その先に二人が見つめるものは、より高度な診療能力。呼吸器病センターを、地域の肺がん診療の最後の砦とするために、二人の歩みは止まらない。

ボックス(知ろう)2

 

column

コラム

●肺がんを積極的に診療する病院は、決して多くはない。名古屋市南部地域でも、充分に対応できる病院は少ない。理由は、呼吸器外科の専門医の絶対数が少ないこと。また、肺がん治療の手術・化学療法・放射線治療のいずれもが大きく進化し、その進化を病院に取り込むには、内科・外科ともに高い能力があり、その上で、2つの科の強固な協力体制が不可欠だからだ。

●肺がん治療で根治をめざせるのは、手術だ。しかし、早期に限る。肺がんはステージを0期からⅣ期の5つに分けられ、原則、Ⅲ期のA段階までを手術適応とするが、進行がんの場合は、手術・化学療法・放射線治療を合わせた集学的治療を進める。仮に手術による根治は叶わない場合であっても、がんとともに生きるという視点に立った治療が行われていく。そうした際には、退院後の細やかなフォローが重要になり、同院では地域診療所との連携にも力を入れている。

 

backstage

バックステージ

患者のために壁を乗り越え、
総合力でがんと闘うセンター。


●同じ臓器を専門とする外科と内科は、連携が図りやすいように見える。だが実際には、同じ臓器を扱うからといって、密なコミュニケーションを図ることは、一般的にはあまり行われていない。加えて、所属する医局が違うとなると、治療方針、実際の治療の流儀の違いなどがあり、その壁を乗り越えることはそう容易くはない。

●その視点で見ると、本文で紹介した菅谷医師と松尾医師の「本音の会話」は、大きく注目すべきことだ。そこで築かれた信頼関係は、現在、週に1回定期的に開催される、2つの科の合同カンファレンスにも活かされ、両科の医師が、互いに切磋琢磨し合う格好の場となっている。

●そうした強い連携体制があるからこそ誕生した、中部ろうさい病院の呼吸器病センター。肺がんをはじめ、多様な呼吸器疾患の診療を担う、地域の最後の砦として、呼吸器外科と呼吸器内科を合わせた<呼吸器科>の総合力に大きく期待したい。

 


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