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病院を知ろう

病院再生への第一歩、 「禰宜田ビジョン」。

西尾市民病院


main急激に高齢化の進む 責任医療圏17万人の生活を守るために、 公的な病院としての責務を完遂する。

愛知県西尾市にある西尾市民病院は、他の地域にある多くの自治体病院と同じく、 赤字体質、医師不足、また、救急受け入れ率や病床利用率において、多くの問題を抱えていた。 その厳しい現状を知ったうえで、それでも院長職についた医師がいる。禰宜田(ねぎた)政隆。 彼が今、見つめているのは、志ある仲間と手を携えた同院の「病院再生」である。

私たちは、変わらなければならない。

00 禰宜田(ねぎた)政隆は平成25年4月、西尾市民病院長に就任した。同院外科の診療部長、副院長を経ての院長職である。
 禰宜田が診療部長、副院長の頃から、同院はさまざまな問題を抱えていた。バイコマイシン耐性腸球菌による院内感染者の発生、医療事故による訴訟問題、電子カルテ導入による混乱、すべての根底にある旧態依然とした組織の風土等々。こうした問題に、禰宜田はそのときどきの立場で、自分なりの考えを持ち解決に向け取り組んでいた。そのときを振り返り、「こんな病院なら無くなってもいい、という声が生まれるほど、問題があり過ぎる状態が続きました。病院は対応しなかった訳ではないのですが… 私自身、病院の方針が理解できず、ときには、前院長とぶつかり退職を考えたこともあります」と禰宜田は言う。
IMG_7774 “前途多難”であることが解っていての院長就任。その思いは何であろうか。「市民のなかには、当院に落第点を付け、安城市や刈谷市にある病院に行く方もいます。その方々には、当院が潰れても構わないでしょう。しかし、当院がないと困る地元の住民がいる。切り詰めた生活のなかから、きちんと医療費を払ってくださり当院を頼りにしてくださる方もいる。そうした市民がいらっしゃる限り、真に市立病院として変わらなければなりません」。
 市民のための市民病院となるために。禰宜田は病院再生に向け腹を括った。

 

存在目的を、今は果たしていない。

IMG_7668 禰宜田のビジョンを語る前に、西尾市民病院は本来どういう病院であるべきかを確認しよう。
 そもそも公立病院は、地域住民に対して5疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患)5事業(救急医療、災害医療、へき地医療、周産期医療、小児救急医療を含む小児医療)を中心に、地域における基幹的な医療機関として、地域に必要な医療を安定的、かつ継続的に提供しなければならない。すなわち、西尾市民病院は、西尾市の人口16万9573人(平成24年4月1日現在)に対して、こうした責務を負っている病院なのである。
IMG_7781 だが現実は、例えば平成24年度の救急搬送件数は3714件、がんをはじめとする主要疾患の手術件数は2173件。やや乱暴ではあるが、隣接する地域の基幹的な病院と比較すると、安城市の安城更生病院は8669件と7081件、刈谷市の刈谷豊田総合病院は9595件と6656件である。もちろん、病床数の違いや対象地域の違い、人口の違いや設立母体の違いなど、精査に分析して比較する必要はある。それでも、西尾市民病院の実績は低いと言わざるを得ない。
 あえて厳しい表現をすれば、西尾市民病院は、公立病院の存在目的を果たしているとは言えないのが現実だ。

 

抽出した二つの問題。 まずはそこから。

IMG_7688 病院の再生に向けて、まず禰宜田が着目したのは、絶対的な医師不足だ。現在、同院に医師は56人。禰宜田は、院長就任直後から大学医局訪問を開始した。そもそも医師は、大学医学部・医科大学の医局から派遣を受ける。その医局の教授を尋ね、医師派遣を要請したのである。訪問先は40を数える。反応は決して悪くはない。「あなたが本気なら協力します」という教授もいた。この活動を通して禰宜田が痛感したのは、同院がこれまで大学医局とコンタクトをとっていなかった事実である。「大学医局に当院をもっと知ってもらわなくては。そして、医師に選ばれる環境を整備しなければ」。それは明日へと続く課題となった。
IMG_7639 その一方で、慢性的な赤字体質の要因を考えると、病院の能力、すなわち病床を使い切っていないことが解った。現在の病床利用率は74%。400床ある入院ベッドのうち約100床は使われていない=遊ばせていることになる。病院の大きな収入源は入院病床から生まれる。そこで適正に得た収入で、医療機器の更新、アメニティの改善などを行うことができるのだ。この状態を何としても脱却しなければならない。
 医師増員と病床フル利用。まずはこの二つの問題に禰宜田はフォーカスした。

生まれ変わるための段階。 確実に一つひとつ。

IMG_7733 禰宜田は、短期計画として、病床の利用率改善をめざす。具体的には、病床の種類を、急性期・回復期・療養期と分け、隣接する基幹的な病院からの退院患者を受ける。さらに、在宅支援機能を強化させ、より速く患者を地域に戻す。この背景には、基幹的な病院は短期間で高度な急性期医療を展開するという使命がある。だが患者は、生命の危機は脱したものの、まだ病状が不安定で、濃厚な医学管理が必要だ。そうした患者を引き受け、そのときどきにふさわしい病床=必要な医療を提供する。もちろん、西尾市民病院も領域によっては、高度な急性期医療を提供できる能力はある。だが今は、そのプライドを一旦封印し、とにかく病床を稼働させ、収益の確保に専念する。
 中期計画では、絶対に断らない救急医療体制の構築を第一に挙げる。そのためには総合診断機能の強化、救急患者トリアージ能力の高度化と、全病院挙げての協力体制及び研修医確保が不可欠。不得意分野では隣接の基幹的な病院に協力を求め、とにかく救急患者を断らない体制を作り上げる。
 その段階を経た後に手を付けるのが、医師機能の再編。通常の内科、外科といった括りではなく、悪性腫瘍をはじめとした主要疾患別のセンター化を図り、医師の集中配置を行う。センター化が困難、あるいは入院治療が不必要な診療科は、非常勤の医師に任せる。そのためには、医師の協力が得やすい環境整備も必要。特に内科系医師へのインセンティブ設定、総合医・麻酔科医・放射線医招聘など、医師のサービス機能の強化にも尽力する。
 これら計画のキーワードは「医師」である。禰宜田の大学医局とのパイプづくりは、より重要性を増す。
 こうしたことが実現すれば、名実ともに地域の基幹病院をめざすという目標も射程範囲となり、三次救命救急センターをはじめとする各種の拠点病院の取得も現実となるであろう。
 禰宜田は語る。「強靭な経営体力を作るには、段階的な戦略が必要です。私の計画はビジョンであり、これを実施するには、職員一同、西尾市民の生命、健康を守る市民病院の職員であるという誇りと、市民のための病院に生まれ変わるという覚悟が必要です。一つひとつ、確実に歩んでいきたい」。


column

コラム

●本文でも紹介のとおり、「私の計画はまだビジョンに過ぎない」と禰宜田は言う。これを職員に提示し、理解と納得を得なければ実現などしないという意味だ。

●実現するために、「医師にはこれまでより厳しく求めます」と言う。医師の成長が病院の成長の大きな鍵となる。そのためには、互いに切磋琢磨し合い、緊張感ある風土に作り変えようという考えだ。反面、その厳しさを受け止めてなお、やりがいある制度などの導入も必要となろう。

●医師がしっかりとし、診療科を補強できたら、その次には、これまで病院機能の不足分を必死にカバーしてきた、診療技術部の職員を正しく評価したい」と禰宜田は考えている。医師と異なり、そうした職員たちは地元に居を構え、簡単に職場を替わることはできない。いわば地元の生活者だからこそ、市民病院に愛情を持ち、これまで頑張ってきた職員である。

●「まだまだ時間はかかりますが、今はやるだけです」。禰宜田は強い言葉で締めくくった。

 

backstage

バックステージ

●現在、わが国では、「公立病院改革」が進められている。これは、地域医療の確保に重要な役割を担うはずの公立病院において、医師不足による診療体制の縮小が一つの契機となり、経営状況が悪化するとともに、医療提供体制の維持が極めて厳しい状況になっている現実に対して、根本的な経営改革を施し、良質な医療を継続して提供することを目的としている。

●だが改革案の多くが、机上の数字合わせのものであることは否めない。高度急性期医療を提供する能力をすでに失っている、あるいは、地域では亜急性期や療養期の病床が不足し、住民が困窮しているにもかかわらず、積極的な対応策を採らない公立病院が多々ある。

●西尾市民病院もその一つであったが、今は過去の幻影を追わず、意識を持って生まれ変わろうとしている。それは地域における責任を果たすという一点に向かっての第一歩。長い時間を要することではあるが、広く愛知県の医療人が注目する大いなる一歩と言えよう。

 


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