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1例目、4時間余りという快挙。
海南病院が、最新型の手術支援ロボット「ダヴィンチSi」導入を決定したのは、平成24年11月。翌12月には、院内にチームを立ち上げ、ロボット手術ですでに高い実績を有する名古屋市立大学病院の支援のもと、稼働への準備を始める。
このチームは、院内で「チームダヴィンチ」と名付けられた。厚生労働省からは機器に精通したチームで手術に臨むこと、また、ダヴィンチの製造元からは、導入後10例までは同じスタッフで行うことが推奨されており、言わば海南病院がダヴィンチを活用するための、軌道づくりを目的に結成されたものである。 準備期間は、半年。第1例目の手術は、平成25年5月末に行われた。執刀医は名古屋市立大学病院の医師。手術時間は、何と4時間余り。腹腔内に高度の癒着が認められ、想定外の癒着剥離を要する事態にも関わらず、通常、事前準備を含めると8時間はかかると言われる手術を、およそ半分の速さで終了したのである。
チームを率いる泌尿器科部長の窪田裕樹医師は言う。「ダヴィンチは、簡単に言えば、従来の内視鏡下手術を進化させたものです。しかし、手術の仕方も必要な備品類も、従来とは大きく異なります。そのため、チームみんなの勉強量はすごかった。医師である我々よりもよく勉強してくれました。執刀医は、『初めてのロボット手術だったにもかかわらず、経験豊かなスタッフが行う、大学病院での手術と遜色のない準備ができていた』と驚いていました」。すなわち、手術のための準備が完璧であったからこそ、4時間余りという快挙を成し遂げることができたのである。
なぜ、それが実現できたのか。
ダヴィンチ導入が決まったとき、院内では、「先端医療でこの地域に貢献できる!」という期待と、「私たちに使いこなせるのか…」という不安が入り混じっていた。いわば院内注目のなか、チームダヴィンチは動き出す。メンバーは泌尿器科医、手術室看護師、臨床工学技士、事務職員。ここまではどの病院でも見られるが、さらに、麻酔科医、研修医、感染管理担当看護師長、皮膚・排泄ケア認定看護師、医療安全管理者などを加え、総勢20名の多職種連携となった。
ダヴィンチ導入には、製造元が認めた教育プログラムの受講が必須であり、チームにはオンライントレーニング・オンサイトトレーニング(操作法の習得)が、さらに医師にはオフサイトトレーニング(動物による実技習得)が課せられる。だが、チームはそれに加え、他病院での手術見学、シンポジウム参加など、さまざまな研修に臨んだ。そのうえで、メンバーが集まり、濃厚なミーティングを進める。
手術室・田中隆子主任看護師は「患者さんにとって何が最善か、熟慮して準備を進めました」と話す。ダヴィンチ手術では患者が頭低位の体位をとるため、固定位置が悪いと患者の負担が大きく、普通では考えられない褥瘡ができたりする。その道具を一からすべて揃えた。「手探りでしたが、褥瘡の認定看護師や臨床工学技士などと何度も話し合い、とにかく患者さんの負担の少ないものを選びました」(田中看護師)。 マニュアル作りを担当した鈴木慎治看護師は、大学病院のマニュアルを自分たちに合うよう作り直した。手術前にはそのマニュアルをもとに、みんなでシミュレーションを何回も実施。「おかげで、手術に入るまでの導入時間を短縮できました」(鈴木看護師)。
「手術を受ける方への説明書、同意書一つにも、みんな知恵を寄せ合い、当院ならではのモノを作ってくれました。メンバーには手術部部長、病棟師長、医事課、施設課と、いろいろな職種が集まっていますから、多角的な視点で準備ができました」。そう語る窪田医師自身は、院内への情報発信、地域の診療所の医師や住民を集めてセミナーを行うなど、果敢に「海南病院、ダヴィンチ導入」を広めている。
そこにある、チームという発想、風土。
半年間で完璧とも言える準備。すばらしい成果。これはなぜ成し得たのだろうか。チームダヴィンチの職員たちが特別優秀だったからなのか? 「前述のとおり、メンバー全員とてもよく勉強しました。でも、それはこのチームに限ったことではありません。当院では、チームで取り組むということが、日常的で、当たり前。だからチームとしてどう活動するか、そのときの自分の役割は何かを、職員は解っています。今回も、いつものチーム活動が行われたと考えています」(窪田医師)。
確かに院内を見渡すと、感染制御、緩和ケア、糖尿病教育支援、呼吸サポート、医療安全、栄養サポート、褥瘡などなど。チームを数え上げるときりがない。
通常、「病院」はどうしても診療部をはじめ各部門が独立した、いわば縦割り構造になりがちだ。それが海南病院では、<チーム>をキーワードに、異なる動きがあるようだ。山本直人院長は語る。「当院では、病院全体で職種横断的な連携=チーム医療をやっている、という認識が職員に根付いています。だからチーム医療の質を上げる取り組みには、みんなが意欲的。何か新しいことに挑戦するとき、高いハードルを越えるとき、半ば自然発生的にチームが生まれていますね」。
新しいコンセプトの新しい病院づくり。
現在、海南病院は、「コンパクトで高機能、次世代型病院」をコンセプトに、新しい病院づくりをめざしている。ハード面でいえば、平成22年度末から6年計画で進める大規模な施設整備。バックヤードは極力削り、療養環境を確保する。動線を短縮し、徹底的に無駄を排除する。限られた敷地を徹底的に活かす設計思想に基づく、新しいモデル病院の建設である。
こうしたハード面に対して、ソフト面は、「チーム力のさらなる進化である」と山本院長は言う。「チーム医療とは、トップダウンではなくボトムアップで作り上げる医療。それが最も大切だと私は考えます。なぜなら、現場を一番よく知っているのは、職員です。臨床の最前線に立つ職員だからこそ、患者さんの目線に立ったさまざまな意見やアイデアが出てくる。それを職種横断的にまとめて一つの方向性を見出したとき、医療の水準は一つ上がる。私が、チームの実力が病院の実力、と考える所以です。ですから、今回のダヴィンチ導入は、チーム力を上げる一つのフェーズ、つまり、発展段階の一つなのです。もちろん地域への貢献がより高められ、それが職員幸福度をも高めます。こうしたサイクルを常に回して、<海南病院>という新しい医療モデルの創造をめざしていきます」。
最先端の医療機器を導入すれば、最先端の医療が提供できるわけではない。そうしたツールを使って、患者さんにどれだけ最善の医療を提供できるかが重要。新たな医療の創造をめざす「チーム海南病院」の取り組みは、これからも続くことであろう。
●その海部医療圏において、数年前、二つの市民病院が医師不足のために機能低下し、一般診療も救急医療も危機的状況となった。結果、それらの患者が海南病院に集中。海南病院自体の疲弊もピークに達する。
●それでも同院は、全職員が一丸となり、自院の診療活動を守り切るとともに、市民病院への医師派遣、また、医療圏内の医師会とのネットワークによる連携を強化。地域の医療を守るために全力を尽くした。
●一方で、月1回市民向けに開催する「海南健康大学」を継続。地域への情報発信力を決して緩めず、地域住民を巻き込んでの活動も続けてきた。

●JA愛知厚生連の8病院において、ダヴィンチ導入は、海南病院が初めてである。それは他の厚生連病院が海南病院の「新しい医療モデルづくり」を評価したからと言えよう。山本院長は「他の病院の医師が使用することはもちろん、当院が得た貴重な情報を、厚生連病院全体で共有し、各地域の医療の質の向上に役立ててほしい」と語る。
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