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アーカイブTOPタイトル-01私たちは病気やケガをすると、病院で治療を受ける。症状が重ければ、手術を受けることもある。そのときに願うのは「できるだけ痛みを感じることなく、早く回復したい」ということだ。誰だって手術はこわい。精神的にも身体的にも大きなストレスを強いられる。しかし近年は、体の負担をできるだけ少なく抑える低侵襲(ていしんしゅう)手術の技術が急速に進んでいる。 たとえば、整形外科の分野では、レーザー治療(自費診療※)や内視鏡を使った手術が開発され、全国的に広がりつつある。そこには、「治療を受ける人の痛みやつらさを、できるだけ減らしたい」という外科医たちの情熱がある。『LINKED』創刊号では、「椎間板ヘルニア」の治療を例に、低侵襲手術の最前線を紹介していきたい。取材・協力は、低侵襲手術に先駆的に取り組む「はちや整形外科病院」にお願いした。
※記事中に紹介する治療法のうち、レーザー治療のみ自費診療。その他は保険適用。

 

増える腰痛、椎間板ヘルニア。

腰痛は、国民病

 朝目覚めると、突然キリキリと腰が痛む。前かがみで洗顔するのもままならず、靴下を履くのもつらい。笑っても、くしゃみをしても痛い。さらには、床を這って移動しなければ耐えられなくなる。
 程度の差こそあれ、こういう腰痛のつらさを経験したことのある人は、多いのではないだろうか。
 「腰痛を訴えて来院される方が、増えていますね」と語るのは、はちや整形外科病院の蜂谷裕道(はちや ゆうどう)院長である。その言葉を、実際にデータも裏付けている。平成19年・厚生労働省の国民生活基礎調査によると、男性が訴える症状の第1位は「腰痛」、第2位は「肩こり」。女性が訴える症状の第1位は「肩こり」、第2位は「腰痛」となっている。しかも、過去の推移を見ると、腰痛を訴える人は確実に増えている状況だ。
 蜂谷院長は言う。「腰痛の原因は実にさまざまです。骨や筋肉、椎間板などの障害による腰痛のほか、内臓や血管の病気、心因性の腰痛もあります。でも、もっとも多いのは、骨や椎間板の障害によるものでしょう」。立ったり歩いたり、体をひねったりするとき、私たちの腰には大きな負担がかかる。その負担が腰に障害を与える原因となる。

 

働き盛りに多い「椎間板ヘルニア」

 腰痛を引き起こす病気の一つに、「椎間板(ついかんばん)ヘルニア」がある。比較的若い人から中年に多くみられ、腰に負担をかけるような仕事やスポーツをしている人に多く見られる病気だ。
 椎間板ヘルニアとは、どんな病気だろう。少し専門的になるが、蜂谷院長に解説してもらった。
 「人間の背骨は、椎骨(ついこつ)という骨が縦に積み重なった構造をしています。椎骨と椎骨の間にあるのが椎間板で、衝撃を吸収するクッションの役目を果たしています。椎間板の中心部には“髄核(ずいかく)”というどろどろのゼリー状の軟骨があり、その周囲を“線維輪(せんいりん)”が取り囲んでいます。椎間板ヘルニアは、何らかの原因でその線維輪に亀裂が入って、髄核や線維輪が飛び出し、神経を圧迫する状態をいいます」。
 ちなみに、椎間板ヘルニアは頚椎や胸椎にも発生するが、もっとも多いのは腰椎の椎間板ヘルニアだという(以下、ここでは腰椎の椎間板ヘルニアについて語っていく)。
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多くの場合、「保存療法」で痛みが改善

 椎間板ヘルニアは、激しいスポーツだけでなく、前かがみで重い物を持ち上げたり、体をねじるなどの日常動作でも発症する。「線維輪に徐々に入っていた亀裂が、何かのきっかけで一気に広がり、中の髄核が飛び出してしまう」というイメージだ。症状としては、腰だけでなく、臀部に沿って走るような痛みがあったり、足先にかけてしびれを感じることがある。これは、ヘルニアが神経を圧迫しているためである。
 椎間板ヘルニアと診断がついたら、どんな治療が行われるか。
 「重症の場合を除いて、まず最初に、保存療法を行います。腰椎の牽引(けんいん)療法や、コルセットを装着して腰を安定させる装具療法を行います。それで、痛みが治まらないときは、入院していただき、痛みや炎症を抑えるための注射療法(硬膜外や神経根ブロック療法)などを行います。めやすとして、約8割の人はこうした保存療法により痛みが改善すると学会ではいわれています。早期診断・早期治療がとても重要です」と蜂谷院長は言う。
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体に負担の少ない「レーザー治療」。

レーザー治療とは

085_hachiya 保存療法で治らない人は、より積極的な治療を受けることになる。ここから、いよいよ本題である「切らない痛くない治療法」へと話を進めていこう。
 体に負担が少ない治療法として、レーザー治療(PLDD)がある。レーザー治療とは、簡単に言うと、椎間板の髄核(ゼリー状の水分たっぷりのやわらかい部分)にレーザーを当て、水分の一部を蒸散させることにより、椎間板の内圧を下げる治療法。内圧を下げることにより、飛び出していたヘルニアを引っ込ませ、神経への圧迫を解除する。治療時間は、わずか30分ほど。準備などを含めても、1時間ほどで終了する。

 

椎間板造影検査の必要性

020_hachiya では、どんな人にレーザー治療が適応されるのか。はちや整形外科では診断の根拠となる検査を非常に重視している。問診に続き、背骨の様子や痛みの程度などを調べる理学的検査を行い、ヘルニアの症状を想定した上で、手術法を決めるための画像検査が行われる。
 検査には、脊髄造影検査、脊髄造影検査後のCT検査、椎間板造影検査、神経根造影検査、造影MRI検査などがある。症状により、適切な検査を組み合わせて、総合的に椎間板の状態を把握し、正確な診断を行う。
 蜂谷院長は言う。「レーザー治療の適応判断において絶対に省略できないのが、椎間板造影検査です」。椎間板造影検査とは、造影剤を椎間板の内部に注入してX線で撮影するもの。造影剤の流れ、貯留部位、造影像などから、椎間板の変性やヘルニアの大きさなどを推定する。
 なぜ、この検査がそれほど重要なのか。「まず、椎間板の状態を知る基本的な検査であること。もう一つは、造影剤を注射で注入するときに感じる、私たち自身の指の感触なんですね。造影剤を椎間板に注入したとき、椎間板の内圧が高ければ、薬液が入りにくい感触が指先に伝わります。反対に、内圧が低い状態では、薬液が抵抗感なく容易に注入できます。それはつまり、レーザー治療をしても効果
がないことを示しています」。ハイテク設備を用いて行われる画像診断検査。しかし、最終的にそれを使いこなして、活かしているのは、医師という人間の経験や長年の勘なのである。

 

レーザー治療は自費治療

linked2-1 「椎間板造影検査の必要性は、レーザー治療を開発した米澤先生も指摘されています。また、レーザー治療はヘルニア以外の椎間板の病気にはまったく効果がありません。そのため当院では、適応の有無をしっかりと調べます。そうやって慎重を期しても、レーザー治療の効果が不十分の場合もあります。けっしてパーフェクトではないことを知っておいてほしいのです」と蜂谷院長は強調する。
 さらに、レーザー治療にはリスクもある。
 「レーザーの照射量によっては、髄核の水分を蒸散し過ぎてしまい、椎間板の変性(老化したような状態)を促し、症状がさらに悪化してしまうことがあります。また、適切な位置にレーザーの針が入っていないと、骨を部分的に壊死させる危険性もあります」。
 リスクをともなうレーザー治療は、ともすれば悪者扱いされることもある。背景には、レーザー治療が保険適用で認められた治療法ではなく、自費診療であることがあげられるだろう。自費診療ゆえに、レーザー治療には正しい治療法のガイドラインが整備されていない。治療方法も治療費も、医療機関の自主的な判断に委ねられている。となると、頼りになるのは、私たち患者自身の判断である。治療を受ける前に、しっかり情報を収集する。
 メリット・デメリットを理解し、安易にレーザー治療を受けない、という姿勢が重要だろう。
 「治療前には必ず、MRI検査だけでなく、椎間板造影検査を受けること。面倒がらずに検査を受けてほしいと思います」と蜂谷院長はアドバイスする。

 

適応が広がる、身体に負担の少ない内視鏡下手術

傷跡の小さい内視鏡治療

050_hachiya レーザー治療が飛び出したヘルニアを引っ込ませる治療法とすると、飛び出したヘルニアを取り除くのが、手術である。手術の適応となるのは、椎間板ヘルニアの20%程度だという。
 従来は、背中側を5cmほど切開し、神経根とヘルニアを肉眼で確認しながら、ヘルニアを取り除く方法(LOVE法)が行われてきた。しかし、10年ほど前から内視鏡を使った低侵襲手術が登場し、全国の医療機関で広がりつつある。
 内視鏡と聞くと、胃カメラを想像する人が多いかもしれない。しかし、外科や整形外科手術で用いられる内視鏡は、より高性能な造りになっている。内視鏡を使ったヘルニア摘出術では、先端にレンズの付いた内視鏡の 外筒管を挿入し、その管の中を通る鉗子(手術器具)を操作し、モニターを見ながらヘルニアを摘出する。メリットはなんといっても、傷口が小さいことだ。直径6〜16㎜という小さな傷口ですみ、出血もほとんどない。傷口が小さいので、入院期間も非常に短い。その日のうちにトイレに行け、1週間以内に退院して職場復帰できる。
 目視下で行う手術の場合、術後、寝返りのできない安静状態が続く。手術そのものよりも、術後の痛みや身体を拘束される苦しみを味わうものである。そんな苦しみから解放されるのが、内視鏡下手術なのである。

 

直径6〜16mmの視野で手術する

 内視鏡を使ったヘルニア摘出術では、モニターを見ながら、神経根に触れることなく、ヘルニアを取り除く。内視鏡下では直接手術部位を見ることができず、内視鏡を通して見る。内視鏡は斜視鏡なので、目視下とは感覚が異なる。目と手を別々に機能させるのは、まさしく“離れ技”であり、高度な技術が要求される。
MRI-herunia 「内視鏡下で難しいことは、視野が非常に小さく、ワーキ ングスペースも限られることですね。MED法という手法では直径16㎜、さらにPELD法では視野が直径6㎜に絞られます。その視野の中で、“今自分がどこにいて、何をしているのか”という感覚をつかめるようになるには、かなりのトレーニングを要します」と蜂谷院長は言う。

 椎間板ヘルニアの治療法選択に欠かせない画像診断。そのうちの一つ、MRI検査は、磁石と電波の力で体の中を調べるもの。近年は性能が格段に向上し、3テスラMRIでは、写真のように鮮明で詳細な画像が得られる。また、検査時間も短縮されるので、検査を受ける人の負担も軽減している。

 

新世代の低侵襲手術、PELD

 内視鏡を使ったヘルニア摘出術には、MEDとPELDがある。国内ではもともと一般的だったのがMEDで、そこに新たに登場したのが、PELDである。MEDとPELD、その違いはどこにあるか。
 「簡単に言うと、アプローチ法の違いですね。MEDは背部から入り、骨を少し削り、ヘルニアを摘出します。傷口は約16㎜、入院期間は2〜4日程度です。PELDは椎間板の横から入り、椎間板側からヘルニアを取り除きます。傷口はわずか6㎜ですみ、入院期間は1泊2日、場合によっては日帰り手術も可能です。一刻も早い社会復帰を望まれる方に適した治療法といえます」。
 PELDは海外の一部の国では標準的に行われている治療法だが、日本では約2年前から本格的に導入されたばかり。新世代の低侵襲手術として、大きな注目を集めている。蜂谷院長はなぜ、早い段階でPELDの導入に踏み切ったのか。
 「同じ効果が得られるとして、大きな傷と小さな傷とどちらがいいか、と聞かれれば、誰でも小さな傷の方がいいですよね。患者さんは皆、一日も早い回復を望まれます。その期待に応え、低侵襲化を進めていくことはある意味、外科医に課せられた使命だと考えています」。
 日本ではまだ、目視下での手術法が主流であり、内視鏡下手術に対して安全性を疑問視する声があるのも事実。しかし、そのリスクを恐れて現状維持に留まるよりも「痛みやつらさのない治療を受けて、早く日常生活に戻りたい」という患者の心からの要求に応えていくのが、蜂谷院長のスタンスなのである。
 「今はまだ、日帰り手術という概念があまり認知されていません。でも、今後、そういう要求が高まることも考えられます。そのときの選択肢として、PELDは有効だと考えています」。


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