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病院を貫く、
〈掖済〉の精神。

 

 

名古屋掖済会病院


腋に手を添えて支え助ける。
この精神から、次代の医療が始まる。

main

昭和23年に創設以来、地域が必要とするものに応え続けてきた。
三次救命センター、医師臨床研修指定病院、災害拠点病院、地域医療支援病院、
愛知県がん診療拠点病院等、それらの指定がこの病院の本質を表わす。
そして今、この病院から新たな歴史が始まろうとしている。

 

 

 

 

 

新病棟が始動。
華美ではない。が、<実>がある。

病院外観新棟メイン車なし 平成28年11月1日は、名古屋掖済会病院にとって記念すべき日。<地域と共生し良質な医療を提供する都市型病院>として、建設を進めていた新病棟が始動したのだ。
 名古屋掖済会病院は、昭和53年、東海地区で初めて三次救命センターを開設。24時間365日、小児救急も含め重症の緊急疾患に対応する一方、先進医療や悪性腫瘍治療などの高度医療を、名古屋市中川区を中心に提供し続けてきた。その同院の、新病棟である。
 院長の加藤林也は語る。「新病棟に込めた思い。それは、中川区唯一の高度急性期病院として、次代に最適な高度急性期の基幹機能集約です」。具体的には、医療の進化を見つめ、短期集中での高度医療提供に最適化された、高機能、且つ、動きやすく無駄がない空間である。これは良質な医療提供と、診療の効率性向上を目的としたもの。北館と南館に分かれていた病棟を、バリアフリー、アメニティなどを充分に考え、一箇所に集約したL字型病棟、緊急搬送や災害時に対応する屋上ヘリポートの設置、リハビリテーション施設の集約、そして、地下には、地域全体での活用が期待される最先端の放射線検査機器の配置など。「決して華美ではありません。<実>のある機能を整えました」。
 「そしてもう一つ」と加藤は続ける。「新たな試みがあります。既存病棟改修後の平成29年6月に開設予定の地域包括ケア病棟です。当院は、この病棟を、在宅療養中に急性増悪した患者さんを受け入れる、<在宅救急機能>と位置づけています」。本来、地域包括ケア病棟は、急性期を脱した患者の在宅復帰を支援する機能と、加藤の言葉にある在宅療養患者の緊急時の受け入れ機能を持つ。ここ数年、この病棟を開設する病院は増えているが、多くは、自院の急性期患者の受け皿としているのが実情。加藤はそうではなく、あ217041くまでも在宅療養患者の救急機能であるという。
 「当院は<断らない救急>を貫き通してきた病院です。すべての患者さんを受け入れ、適切な診療に繋ぐ仕組みを作り上げてきました。地域包括ケア病棟は、この考え方と連動します。医療を必要とする地域の方々が、行き場を失うことなく迅速、そして、的確に医療を受けることができるために。この機能を、職員が大きく活かしてくれることを、期待します」。

ボックス(知ろう)1

 

 

高度医療と地域医療を繋ぐ。
その責務が、私たちにはある。

217057 団塊の世代が75歳以上となり、医療・介護需要の激増が予測される2025年を前に、我が国の医療は大きな変革期を迎えている。一つには、地域完結型医療の構築。病床機能の異なる病院同士が連携し、医療を提供する形だ。もう一つは、病院中心の医療から、在宅中心の医療への転換である。そうしたなか、名古屋掖済会病院が地域包括ケア病棟を新設する理由はどこにあるのか。
 加藤は語る。「地域完結型といっても、必要なパーツが地域に揃っていなくては成立しません。また、医療の中心が在宅に移るからこそ、病院には在宅医療支援が求められます。その結節点にあるのが、地域包括ケア病棟なのです。そこには急性期機能が不可欠ですが、中川区にはこの病棟がなく、地域医療モデルが成立しないのです。それを鑑みたとき、中川区唯一の高度急性期病院としてリソース(医療資源)を有する当院が、地域に足らないパーツを埋め、高度医療と地域医療のインターフェイスを担うべきだと判断しました。加えて、それを責務とする理由が、当院にはあります」。217103
 それは何か。「<掖済>の精神です。この言葉には、<腋に手を添えて支え助ける>という意味があります。医療従事者にとって、まさに根幹。時代とともに社会が変わり、医療も変わります。ただ、掖済の精神で地域を見つめていれば、自ずと歩むべき道が見えてくる。当院はこれまでもその姿勢を貫き、断らない救急の徹底、高度医療の追求など、地域が求める医療に応え続けてきました。そして今、地域を見つめた結果、見出した道筋が、新病棟であり地域包括ケア病棟です。他の医療機関、診療所、介護施設との結びつきをさらに強め、もっと地域の皆さんに寄り添い、地域とともに歩む病院であり続けます」。
 常に次代の医療を真摯に追い続けてきた名古屋掖済会病院。今また新たな地域医療の歴史が始まろうとしている。

ボックス(知ろう)2

 

columnコラム

●本文でも紹介したとおり、名古屋掖済会病院は、東海地区で初めて三次救命センターを開設した病院である。軽症・重症を問わず、救急患者をまずは受け入れ、必要な医療へと結びつけてきた。それは今日の三次救命センター機能を形成する、まさに先駆的な役割といえる。

●同時に、同院は名古屋大学医学部の先鋭的な臨床教育拠点病院としての役割も担い、若き医療専門職たちの素地を徹底的に磨いてきた。<疾患を診るのではなく、人を診る姿勢>、<プライマリ・ケア能力><アセスメント能力>など。医療専門職として不可欠な姿勢、そして、能力を培うことに注力し続けてきた。

●ここで学んだ人材は、現在では、公立・公的・民間を問わず、東海地区の地域医療をリードする病院長として、あるいは、教育機関、職能団体の代表者として大きく、そして広く活躍し続ける。
●まさに、東海地区の地域医療の骨格を創った、名古屋掖済会病院である。

 

backstage

バックステージ

オーダーメイドの地域医療改革。
その視点の重要性。


●地域医療改革が進められている今日、いずれの病院も、どのような病床機能を持ち、どのように地域で連携するかは死活問題であり、まさに自院の存続をかけた試行錯誤が行われている。そこには国が示した地域医療モデルがあり、そのモデルを作り上げなくてはならない。

●だが、しかし、地域には地域の事情があり、決してステレオタイプで改革は進まない。それぞれの地域の実情に合わせた改革こそが必要であり、重要なのは、地域の実情を見つめる視点を持ち、自院だけではなく、地域全体の医療のあり方を考えること。それがあってこそ、それぞれの地域にふさわしい新たな医療が生まれてくる。

●名古屋掖済会病院の新病棟と地域包括ケア病棟建設は、地域とともに歩み続けてきたからこその答え。地域の欠陥を埋め、地域の医療を高めていく。<掖済>の精神を貫く、加藤林也院長に敬意を表したい。

 


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