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シアワセをつなぐ仕事

認知症看護認定看護師が、
病院と地域をつなぐため、走る。

鈴木弥生(認知症看護認定看護師)/大垣市民病院


 

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高齢者の増加とともに、認知症を患う人も増えている。
そうしたなかでの、高度急性期病院の看護はどうあるべきか。
そして、いかに在宅への道筋を創るか。
高度急性期病院が抱えるさまざまな問題に、
在宅医療の担い手に支えられ、敢然と立ち向かう一人の看護師物語。

 


 

 



「どうして認知症高齢者は家に帰れないのだろう?」
そうした疑問を抱いた、ある看護師の挑戦が、
大垣市民病院と地域医療との新たな関係づくりを進めていく。


 

 

 

認定取得で思い知った
自分本位の看護。

Plus顔写真 大垣市民病院に勤務する鈴木弥生看護師。認知症看護認定看護師の資格を持つ。
 鈴木は、看護学校を卒業後、内科系病棟や透析室で勤務、その後14年間手術室で働いた。だが「患者さんともっと話をしたい」と異動を志願。それが叶い、整形外科病棟勤務となった。しかしそこは、鈴木のイメージと大きく異なっていた。なぜなら、整形外科は高齢患者が多く、そのなかの一部には、会話自体がうまくかみ合わない認知症の高齢者がいたからである。
 「何か処置をしようとしても、私の手を払い除けたり、病室から出ていこうとする認知症の人には、危険予防のために身体抑制をしました。そうしないと本来の看護業務が止まってしまいますから。そして、ひたすら自分がその患者さんにするべきことをして、早期退院だけを祈る。そんな看護師でした」と鈴木は言う。
 その一方で、鈴木は、整形外科領域の疾患が回復しても、認知症の高齢患者はなかなか退院できないことに気づき始めた。「なぜなんだろう?」「どうしてなんだろう?」 その思いが募ったとき、彼女は「認知症看護認定看護師」という資格を知る。そして、認知症という言葉に引き込まれ、資格取得への教育課程入学を決意。自分の疑問への回答があるかもしれないと思った。
 ところが入学時、「いきなり看護師としての自分を否定された」と彼女は言う。講師から「今までの経験は何にもならない。ゼロから学び直すつもりで、すべて忘れなさい」、と告げられたのだ。鈴木にとっては、大きな衝撃である。だがその講師たちは、認知症分野での看護の道を切り拓いてきたパイオニアばかり。徹底的に認知症看護を教えられ、ひたすら学ぶ8カ月。結果、鈴木の意識は大きく揺り動かされ、そして変化していった。「最も大切なのは『患者さんのため』という立ち位置です。それまでの私は、患者中心と言いつつ自分に都合がよい看護をしていただけ。患者さんや家族という<人>に目がいってなかったのです」。

 

 

病棟看護師の
意識改革とその限界。

 認知症看護認定看護師の資格を取得し、改めて院内の看護師を見渡した鈴木は、「昔の自分がいっぱいいる」と感じた。治療という観点から物事を見て、安易に身体抑制を選んでいるのだ。それをどう意識改革するか。「認知症は、まだ治療法が確立されていません。でも、認知症は<病気>だと理解し、その患者さんの尊厳を守るという視点に立てば、症状の緩和や、落ち着かせることは可能です。それができるのは私たち看護師。観察や客観的評価ができれば、声かけ一つにも反映できます」。4030
 現場復帰後、まず、自部署での2つの改革に取り組んだ。1つは、「身体抑制ゼロ」である。高齢患者のなかには、環境の変化により、意識障害や幻覚、錯覚といった「せん妄」を起こす人が少なくない。そこで、せん妄の看護マニュアルを作成した。もう1つの取り組みは、「認知症とはどんな病気か、その看護は」という勉強会の開催。自分が学んだこと、実践方法を語り続けた。
 それらはどのような成果を生んだのだろう。「マニュアル作成によって、自部署での身体抑制は0件になりました。認知症への理解と対応については、私自身が実際にやってみたり、一緒にやることで、少しずつ理解は広がりました」と、鈴木は言うが、彼女の口調は少し重い。
 「高度急性期病院では、患者さんの生命を何より優先させるため、『一時性』、『緊急性』、『非代替性』という3つの条件が揃った場合、身体抑制は必要になります。明確な基準を設け、後は現場の判断に委ねるしかありません。また、病棟看護師が認知症看護を理解していても、業務多2011忙な中で「やりたくてもできないジレンマ」を抱えながら働いている現状をどうするか…。現場の看護師たちはとにかく忙しいのです。そのなかで認知症の患者さんに時間をかけ、目線を合わせ、相手の言動、その裏にある気持ちを知ることがどこまで可能か。理解を実践に結びつけるには、看護師の業務内容自体の見直しが必要かもしれません」。
 そうした思いを重ねていた矢先、退院調整看護師として活動することになった。

 

 

患者の視点に立った
退院調整という仕事。

 高度急性期病院は、生命に関わる疾患を持つ患者を、より速く<治す>ことに力点が置かれる。そして、病状が落ち着いたら、患者には早期に退院を促し、次の患者を受け入れ入院治療を行う。今日ではこうした回転での機能発揮が求められている。大垣市民病院はまさにそこに位置づく病院だ。
 だが、大垣市民病院の周辺には、急性期は脱したが、まだ医療依存度が高い患者を受け入れる回復期、療養期の病院が少ない。加えて、その患者が複合的な病気を抱え、さらに認知症も患っていると、一層選択肢は限られる。では在宅に戻り、医療・介護サービスを受けながら家族が介護できるかというと、家族自体の不安が大きく、いろいろな諸条件が絡み合いこれも難しい。
 そこで、同院が白羽の矢を立てたのが鈴木だった。彼女には認知症への理解と、<患者の立場に立つ>という視点がある。しかも、元々、認知症患者が退院できない状況を解決したいという、強い思いがあった。まさに彼女は適任者だったのだ。
5004 退院調整看護師となった鈴木は、非がんの患者を担当する。入院中から患者の状態を把握し、家族とも会話を重ねる。そして、受け入れ先には、主疾患だけでなく、複合的な疾患や認知症の症状、同院での対応など、患者に関して実に詳細な情報提供を行う。一方、家族には、日常生活をどうすれば維持できるのか、何か問題が生じたらどう対処すればよいかを、細かく指導している。
 「ご家族には、『こうした症状が出たら、こう対応しましょう』など、具体的にお教えし、少しでも不安を取り除くようにしています」。そう語る鈴木は、退院を迎えた患者と家族に24時間365日を支える手助けになればという思いを込めて「いつでもお電話ください」と患者向けの名刺を手渡している。

 

 

ベストは無理でも、
よりベターをめざして。

 3020大垣市民病院がある西濃医療圏は、回復期や療養期の病院は少ない。それを補っているのは、在宅医療支援診療所や訪問看護ステーションの存在だ。大垣市医師会に所属する開業医らが率先し、在宅患者を必死で支え、大奮闘を重ねているのだ。
 「なかには、いつ寝ているんだろうと思う診療所の先生もいらっしゃいます。私が当院の患者さんの在宅医療をお願いして、断られたことは一度もありません。こうした先生や在宅医療を支える多職種の方々の情熱が患者・家族の在宅生活を支えています」と鈴木。さらに、診療所の医師らと研修会などを通して、医療・介護に関わる人たちのネットワークや関係づくりにも尽力。現在では、24時間対応の薬局も出てくるなど、何とか地域の高齢者を支えていこうという輪は、着実に広がりつつある。
 鈴木は言う。「ベストは無理でも、少しでもベターにすることはできます。今の高度急性期病院の視点として大切なのは、患者さんの<人><生活>を見つめた治療や看護を行うこと。そして、次のステージの関係者に、正確な情報を自ら提供することです。現状を伝えなければ、次の計画を立てることはできません。特に病棟の看護師には、退院後の生活を予測することの大切さを知って1014ほしいと思います」。
 高度急性期病院の使命と、看護師の多忙さ、そして、在宅医療リソースの少なさを知りながらも、地域が持つリソースを最大限に活用して、患者と家族をいかに在宅生活にソフトランディングさせるか。「今の私は、地域の方々に支えられて仕事をしています」。それはつまり、同院が地域に支えられているということ。患者一人ひとりの生活を見つめて、鈴木看護師の奮闘は続く。


 

 

columnバックステージ

●大垣市では現在、自治体と大垣市医師会が連携し、『大垣市在宅医療マップ』という小冊子を配布している。大垣市医師会などで作る「在宅医療マップ作業部会」により、平成23年6月に初版が制作・発行されたが、その後もさまざまな意見を取り入れながら改訂作業を実施してきた。そして、平成26年1月発行の第三版からは大垣市の発行へと移行。全32ページのカラー刷りとなり、以前にも増して内容が充実した。

●マップには、在宅医療を提供している市内51の医療機関をはじめ、49の歯科医院、42の通所介護施設、48の居宅介護支援事業所など計416施設を記載。この他、かかりつけの医療機関を患者自らが記入できる連絡先一覧、在宅医療の解説ページ、施設の位置を記した大垣市全域の地図などがある。鈴木看護師も退院する患者への説明に使うなど、在宅復帰を後押しするツールとして役立っている。

 

backstage

コラム

●国は現在、団塊の世代が75歳以上となる2025年をめどに、地域包括ケアシステムの構築をめざしている。地域包括ケアシステムとは、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けられるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供する仕組み。なかでも、今後の急増が見込まれる認知症高齢者とその家族を、しっかり支える仕組みづくりが大切になるはずだ。

●鈴木看護師が認定看護師の教育課程に進んだとき、彼女は病院から経済的な支援を受けたが、そうではなく自費で学んでいた急性期病院の看護師が多くいたという。すなわち、いずれの急性期病院でも、認知症を患う高齢患者への対応は大きな問題であることを表す。

●治療が確立されていない認知症。その患者への対応を考えたとき、大垣市民病院と地元医師会、行政が手を組み、連携の輪を広げようとする大垣市の取り組みは、今後の地域医療のあるべき姿を考える、一つの試金石となりそうだ。

 

 


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