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悩みながら、苦しみながら…
がん患者と家族を看つめ続ける。

市川千恵子・木村由紀子・横山美代子/松阪市民病院 訪問看護ステーション・緩和ケア病棟・地域医療連携室


 

main平成24年、松阪市民病院に「がん患者サポートチーム(以下、がんサポートチーム)」が発足した。緩和ケア病棟、訪問看護ステーションなど異なる領域の看護師が手を結び、増え続けるがん患者の悩みや不安を受け止め、総合的なサポートをめざしている。〈看護〉という視点で、がんとともに生きる患者と家族を支えていく看護師たちの挑戦を追った。

 

 

 


がん患者と家族が抱える深刻な悩みや不安。それらをすべて受け止め、支えていく「がん患者サポートチーム」の挑戦。


 

「家に帰りたい」という希望を叶えるために、3人の看護師がバトンを繋ぐ。

021 「肺がんで入院している患者さんが、退院後の暮らし方について迷っているようなので、ちょっと話を聞いてもらえないか」。平成24年秋のある日、松阪市民病院の急性期病棟の看護師長から、そんな依頼が2人の看護師に伝えられた。1人は、訪問看護ステーションの市川千恵子看護師。もう1人は、がん相談窓口の横山美代子看護師である。
 2人は連れ立って病室を訪問した。患者は60代の男性、その傍らに50代の奥さんが寄り添っていた。話を聞けば、本人は妻に面倒をかけたくないという思いからか、「緩和ケア病棟に入りたい」という。でも、奥さんは在宅の可能性を検討している様子だった。「これは一度、ご自宅の環境を見た方がいいだろう」。2人は後日、改めて自宅を訪問し、生活環境を確認し、奥さんの介護力もあることから、訪問看護サービスなどを活用しながら在宅療養することをすすめた。
 その後、この患者宅へ出向いた市川は、患者の表情の明るい変化に驚いたという。天気のいい日は近所を散歩するほど、病状も安定し、それからしばらくは穏やかな日々が流れていった。しかし、ある日を境に急にADL(日常生活動作)がガクンと落ちた。寝たきりの状態になり、痛みに苦しみ、奥さんの介護疲れもピークに達していた。「在宅療養は限界かもしれない」。市川は緩和ケア病棟への入院をアドバイスした。
 緩和ケア病棟では、市川から連絡を受けた木村由紀子看護師が患者を迎えた。木村は「病状が落ち着いたら、また家に帰りましょうね」と患者を励まし続けたが、そのかいもなく病状は日増しに悪化し、まもなく息を引き取った。木村も市川も、「亡くなる前にもう一度ご自宅に帰っていただけなかったか、もっと在宅で支援できることはなかったか」と悔やんだ。ただ一つの救いは、後日、奥さんが病院を訪れ、笑顔で感謝の意を伝えてくれたことだ。入院中もたびたび奥さんを励ましていた横山や木村、そして市川は、その笑顔に救われる思いがしたという。

〈看護〉という視点からアプローチする「がんサポートチーム」。

031 がん相談窓口の横山、訪問看護ステーションの市川、緩和ケア病棟の木村はともに、がんサポートチームのメンバーである。がんの終末期をどこで過ごすか、どこで看取るか、どんなふうに支援するのか。その答えは一つではない。「私たち自身も迷い、悩むことも多いですが、チームで相談し、連携することで、最善の支援をめざしています」と話す。がんサポートチームには、緩和ケア認定看護師、がん化学療法認定看護師、皮膚・排泄ケア認定看護師などのスペシャリストも加わり、がん看護や在宅ケアに関する専門知識を持って、患者にもっとも身近な〈看護の視点〉から総合的にサポートしている。
 _H2H9240それぞれの看護師はどんな思いでがん患者を支えているのだろう。まず、がん相談窓口の横山は、主に急性期病棟を退院する患者の「その後」を支援する役目を担う。「ときには診察に同席し、患者さんと医師の思いを繋ぐこともあります。また、在宅に戻れない場合、希望に即した施設を探すなど、福祉相談も含め、なんでも応えられるよう努めています」。
 訪問看護師の市川は、在宅療養中のがん患者を支える。「高齢でがん末期の患者さんが増えるなか、ADLの低下したときに、このまま在宅で看取るのかどうか悩むご家族が多くおられます。そういうご家族の気持ちに寄り添い、相談にのっています」と話す。
 緩和ケア病棟の木村は、ターミナルケアがしたくて同院へ転職してきた人物だが、最初の頃は“ほとんど治療をしない病棟”での看護に戸惑ったという。「どうすれば患者さんの希望を引き出し、応えられるか、今も試行錯誤の連続です。ただ、この方にとって“明日はないかもしれない”という思いで、一人ひとりと濃密に向き合っています」と語る。
 3人はそれぞれのステージでがん患者を支えつつ、横の繋がりをもつことで、長期にわたるがん療養を時間軸で切れ目なく支えている。

増え続けるがん患者、不足する医療資源と社会的な支援体制。

032 がんサポートチームが発足した背景には、昨今、がん患者が急増している事情がある。
 同院の急性期病棟では、肺がん、胃・大腸をはじめとする消化器がん、腎がん、前立腺がん、白血病や悪性リンパ腫など多種多様ながん治療を行っている。その数は年々増え、今や入院患者の約3分の1は、がん患者が占めるという。しかも、急性期病棟における平均在院日数は短くなる一方で、限られた時間のなかで、限られた医療資源を注ぎ、集中的に高度医療を提供している。
 「わずか10日余りという短い入院期間の関わりのなかで、医師も看護師もがん患者さんと必死に向き合っていますが、治療だけで手一杯なのが現実。患者さんを生活の場へ戻すためのサポートが求められていました」と語るのは、同院の眞砂由利看護部長である。
 さらにまた、急性期病棟を退院した後も、がん患者のサポートは必須だった。同院では訪問看護ステーションと緩和ケア病棟を開設し、急性期治療を終えたがん患者を支えてきた。しかし、地域において、がん患者を支える社会的な制度は充分に整っていない。たとえば、24時間体制で引き受ける医療チームや介護スタッフの不足、がん治療を続けながら入所できる介護福祉施設の不足、高額な治療費に対する経済的支援の不足など、がん患者と家族を取り巻く環境は厳しい。そうした悩みや不安を受け止め、がん療養の日々を支援する上で、がんサポートチームの存在意義は極めて大きいと言えるだろう。

質の高い看護を地域へ届けていきたい。

041 今後、同院の看護部、そしてがんサポートチームがめざすものは何か。眞砂看護部長は「地域へ出ていくこと」と「看護の質を高めること」という2つの課題を挙げる。「今はいい薬ができて、がんとともに生きる患者さんが増えています。そういう患者さんを支援するには、やはり生活の場へ看護を広げていかねばなりません。同時に今後は、がん性疼痛看護など各分野の認定看護師をもっと育て、訪問看護ステーションにも配置し、質の高い看護を地域の皆さんに提供していきたいと考えています」。
 地域へ出ていくうえで重要になるのは、地域の医療・介護・福祉の各機関との連携体制である。訪問看護師の市川は言う。「当院の訪問看護ステーションは、医療依存度の高い人やターミナルの患者さんを主に受けています。当然すべてのがん患者さんをカバーできないので、地域の訪問看護ステーションやケアマネジャーさんなどともっと連携し、がん患者さんを地域全体で支えていかなければならないと考えています」。
 がん患者が地域で最期まで自分らしく生きられるように支えていくことは、どの地域もが直面している共通の課題とも言える。同院はその難題に向かって、〈看護の力〉を繋げることで果敢に挑戦していこうとしている。


 

column

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●多岐にわたるがん疾患の治療を手がける松阪市民病院。なかでも、「肺がん」の症例数は三重県下で有数の実績を誇る。その原動力となっているのが、平成24年6月に開設された「呼吸器センター」である。同センターでは呼吸器内科と呼吸器外科が垣根を越えて連携し、手術前の治療方針の検討や術後のフォローについて活発に議論し、最善の治療法を検討している。所属する医師は、畑地治センター長を筆頭に、常勤医4名。さらに三重大学呼吸器外科講師の強力なバックアップを受け、早期がんはもちろん、進行がんの手術も積極的に行っている。

●同センターでは、手術の難しい症例に対する内科的治療においても、最先端の治療を実践。抗がん剤治療、放射線治療法、分子標的治療薬を駆使することで、ADLを損なうことなく、症状の緩和へと導いている。こうした実績から、松阪市内だけでなく市外から訪れる患者も多く、地域の肺がん治療を牽引している。

 

backstage

バックステージ

●「日本人の2人に1人はがんにかかり、3人に1人はがんで亡くなる」と言われる時代。がんを治すために、がんワクチン治療、免疫細胞療法など、次々と先端医療が開発されている。また、前立腺がん手術に用いる手術ロボット「ダヴィンチ」が導入されるなど、治療の世界には多くの医療資源が投入されている。

●一方、がんを抱えながら生活する人への支援体制は遅れていると言わざるを得ない。考えてみれば、がん患者にとって、急性期治療は短期間で終わるが、その後、長きにわたり在宅や施設で療養を続けることになる。がんという慢性疾患を抱えた患者に必要なのは、症状の緩和を優先し、生活の質の維持をめざす医療であり、介護・福祉との連携も不可欠となる。医療界では今、「キュア(治癒)からケアへ転換する必要性」が指摘されているが、松阪市民病院のがんサポートチームの取り組みは、まさにその時代の流れを先駆ける挑戦と言えるのではないだろうか。

 


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