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病院を知ろう

新病院の建設をきっかけに
群を抜いた病院になる!

愛知医科大学病院


main止まっていた時間が一気呵成に動き出す。医療を最高レベルに引き上げ、群を抜いた病院をめざす。

2014年の開院に向けて、新病院の建設が進む愛知医科大学病院。リーマン・ショックにより白紙に戻りかけた計画が再び動き出し、同院の新たな歴史が今、改めてスタートしようとしている。地震に負けない免震構造の建物、多重化されたライフライン……。40、50年に一度というビッグプロジェクトの全貌に迫った。

東日本大震災を教訓に練りに練られた院内設備。

 

1-1 愛知県長久手市にある愛知医科大学病院では、今、2014年5月の開院に向け、新病院の建設が急ピッチで進められている。2013年11月に竣工予定で、建物面積はおよそ8万6千平方メートル。現存のA・B病棟、外来棟、高度救命救急センターを取り壊し、建設中の新病院へと集約。跡地には立石池に連続した緑あふれるアプローチ空間を設けるなど、老朽化が進む既存の建物からがらりと趣を変えた、斬新な病院へと生まれ変わる計画だ。
 新病院の建設を指揮する新病院建設委員長の佐藤啓二教授は、今回の設計で最も重視した点に、「BCP」(Business Continuity Planning)を挙げる。東日本大震災などを教訓に、東海エリアの拠点病院としていかに機能を維持するか。そのための構造や機能の充実に力点が置かれている。
新病院では、5種類の最先端機能を持つ免震装置を合計158台導入。8万6千平方メートルの病院全体を免震構造にし、地震の揺れは最大4分の1まで抑えられるようにした。また、災害時でも病院機能を維持できるよう、ライフラインの多重化も図った。立体駐車場の地下には井戸水が貯まる上水槽を設置。災害時には浄水装置で飲用水にも代用できる。さらに、電気の配線を2重化するほか、自家発電装置はガスと油の両方で発電可能に。電話、インターネットの無線LANも2重化し、情報面でも緊急時に備えている。

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 一方、大量の患者に対応するための「施設の多目的化」も大きなポイントだ。「災害時には屋根付きの玄関前車寄せでトリアージができますし、病院のエントランスホールが応急処置の場に使えます。また、エントランスホールからはプライマリケアセンター、高度救命救急センターが繋がっているため、迅速な救命措置も可能。各施設が一体化することで、災害拠点病院として大きな機能が果たせます」と佐藤教授は解説する。
 また、院内・廊下の壁には医療ガス供給設備(酸素・吸引)が備えられ、外来の診察室にはさらにナースコールや無停電電源も確保。患者が大量に押し寄せても、すべてを病室に変えて対応できる。「外来の診察室を全部病室にできる仕組みは、他ではなかなかありません。エントランスホールからの動線部分にもトリアージのスペース、蘇生のスペースを設け、体育館は安置スペースにも使える。大規模災害に対して万全の体制を整えた病院が完成する予定です」。

 

 

院内の現実を熟知する元病院長だからできた画期的な新病院。

2-1  今回の新病院建設を指揮する佐藤教授。実は、2003年から3年間、同院の病院長を経験した経歴を持つ。今回の建設にあたり、病院の経営に携わった経験を持ち、院内の良い点、悪い点を熟知していることから、経営改革推進室室長、さらに新病院建設委員長に任命された。

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 病院長時代から院内の改革を進めてきた佐藤教授にとって、新病院は悲願だった。「51歳で病院長に抜擢されたものの、実際に就任してみると課題が山積している状況でした。経営に関する情報が乏しく、院内改革も充分に進んでいない。このままではいけないという危機感を抱きながら一生懸命に頑張った3年間でした。そしてその延長線上にあるのが、今回の新病院建設だと思っています」。

 病院長時代は、なかなか思うように改革が進まなかった。就任前から必要性を主張していたのがPHSの導入だ。すでに他の医療機関では普及が進んでいたが、当時は主な情報伝達が全館放送だった。また、当時は地域の医療機関から患者を紹介してもらう連携システムも全く構築されていなかった。こうした課題と丁寧に向き合い、佐藤教授は徐々に改革を進めていく。ただ、いつしか努力にも限界があると痛感するようになる。それが「ハードの問題」だ。
 病棟を増築しながら作ってきた同院は、各病棟を回るための動線距離が382メートル。建物の老朽化や使い勝手の悪さがすでに露呈していた。そんな「病院のリアルな現状」を誰よりも知り尽くした佐藤教授。彼が陣頭指揮を執ったからこそ、今回のような画期的な新病院の青写真ができ上がったのだ。

 

新たな経営陣の英断、そして職員たちの努力。

3-1  新病院の建設には、すんなりとゴーサインが下りたわけではない。総工費およそ360億円。一旦動き出した建設計画は、2008年のリーマン・ショックの影響で、一度は見直しを迫られた。病院長就任時から新病院の建設を強く願ってきた佐藤教授は、ただ悔しさに堪えるしかなかった。
3-2 ただ、その後、転機が訪れる。2010年、新たな経営陣により新病院の必要性が再検討され、計画が動き出したのだ。私立の医科大学は、旧国立大学のように潤沢な資金があるわけではない。そのなかでの経営陣の英断。これによりすべての職員の思いが結集した。
 総工費は確かに巨額だが、予算には限りがある。そのなかでいかに必要なモノ・コトを実現するか。多くの職員が工夫を凝らし、関係業者と交渉し、協力を仰ぎながら、妥協のない素晴らしい新病院をめざした。大きなお金は使うが、決して無駄なお金は使わない。そのなかで、最高の病院を作りたい。そんな共通認識のなかで多くの人が考え、行動した結果が、竣工を間近に控えた新病院なのだ。

 

誰もがプライドを持てる群を抜いた病院をめざす

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 大学病院には3つの使命がある。それは「診療」「教育」「研究」だ。この3つを磨き、誰もがプライドを持てる病院にすること。これが佐藤教授の思い描く理想の病院像だ。それを実現するためにも、佐藤教授は「群を抜いた病院でなくてはいけない」と力説する。
 めざすのは、診療面で他を圧倒する病院になること。その上で、教育や研究にも繋げていきたいと話す佐藤教授。「まずは常に最先端、最高レベルの医療をめざします。そして教育面や研究面でも新たな取り組みを進めていく。学生用電子カルテの導入、プライマリケアセンターでの実践教育なども行っていく考えです」。
 新病院に向けたコンセプトには、第一に「生活時間の最大活用」という言葉が掲げられている。医師や看護師、さらには来院する患者の限られた時間を最大限有効に使うには、どのような建物が理想なのか。それを徹底的に追求したのが今回の新病院だ。
 「動線距離382メートル」という、非効率な建物を反面教師に完成する新病院。充実したハードを手に入れ、同院の新たな歴史が始まろうとしている。

 


 

 

 

column

コラム

●新病院の建設を指揮する佐藤啓二教授は、2003年から3年間、病院長を経験、現在は整形外科部長を務めている。紆余曲折を経て再開された新病院建設への思いについては、「新病院建設委員会委員長という立場で、今回のプロジェクトに関わることは、病院長時代にやり残したことを自らの手で形にできる。そんなうれしい思いが強いですね」。

●佐藤教授が、病院長時代から何とかしたいと考えていた「ハードの問題」。それを解決するため、実務を遂行できる今のポジションに大きなやりがいを感じているのが伝わってくる。この病院をもっと素晴らしい場所にしたい。千載一遇のチャンスを活かして群を抜いた病院をめざしたい。そんな純粋かつ強固な思いが、佐藤教授を突き動かしている。

 

backstage

バックステージ

●BCPとはBusiness Continuity Planningの略。日本語では「事業継続計画」と訳され、組織が災害などの脅威にさらされる事態を想定し、被害の防止や早期復旧に向けた対策を講じることを言う。2011年3月の東日本大震災では、多くの地方自治体や病院、民間企業などが、貴重な人材や設備を失ったほか、災害からの復旧が遅れ、機能停止に追い込まれた。これを教訓に、BCPの考え方に基づく対策が、全国各地で積極的に行われている。

●地域を担う基幹病院は、一般企業などとは違い、自ら病院の職員の安全、機能の維持を図るだけでなく、災害時に押し寄せる大量の患者にいかに対応するかという視点も求められる。免震構造などのハード面によって病院機能を確保させた上で、災害拠点病院としていかにその役割を果たすのか。地域医療を担う病院に課せられた難しい課題だ。


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