4,949 views

アーカイブTOPタイトル-03いつの頃からか、医療において「神の手」という言葉が生まれている。極めて難易度の高い手術を、まるで神業のごとく行う医師への賞賛であり、その医師が持つ、特殊で高度な技術力を称え表している。この「神の手」という言葉の響きからは、ごく一握りの天才だけが持つ、特殊な技術というイメージが広がる。だが、実際に「神の手」と称される一人の整形外科医は語る。「神の手などありません。長い時間を費やし、修練を重ねた人間の手です」。では一体、神のような人間の手は、どのような修練=技術トレーニングで生まれるのだろうか。今回の『LINKED』は、「医師の臨床技術トレーニング」の現状を探っていきたい。


 

起こるべくして起こる医療事故

「青戸事件」という医療事故

 2002年の秋、一つの報道が日本列島を駆け巡った。東京慈恵会医科大学附属青戸病院で発生した患者死亡事故である。これは三人の医師が、前立腺癌の摘出手術を、内視鏡による腹腔鏡下手術で行った際、技術の未熟さから60歳の患者を死亡させてしまったというものだ。
 事件発生後、いくつかの事実が明るみに出た。三人の医師は、一人も腹腔鏡下手術の執刀経験が無く、しかも、三人のうち二人は、腹腔鏡下手術の見学さえもしたことが無かった。
加えて、この手術には学内規定の倫理委員会承認が必要であったが、それが遵守されないまま、診療部長が指導医無しの執刀を独断で承認していた。さらには、執刀医に関する、患者への情報提供を行っていなかった等々。その内容は、起こるべくして起こった医療事故、とさえ考えられるものであった。

 

「青戸事件」から気づくべきこと

IMG_0028 日本中を驚愕させたこの医療事故は、刑事事件に発展。数年後、関係者には有罪判決が下され、再び報道が過熱した。その矛先の多くは、腹腔鏡下手術、すなわち、低侵襲手術という新しい手技への疑問と、病院の杜撰な管理体制に向かっていた。
 病院の杜撰な管理体制については、まさにそのとおりだ。関係者に弁解の余地は無いだろう。それとは別に、新しい手技に対する疑問、これがこの事件を複雑にしていた。すなわち、使われた術式が、すべての外科医が積極的に取り入れているわけではない、新しい低侵襲という手技であったが故に、安全性という意味で大きく問題視されたのだ。
 事件からすでに8年近くが過ぎた今、改めて問うてみたい。なぜこのような事件が起こったのか? もちろんこの事件は言語道断であり、関係者を擁護するものでは決してない。ただ、再びこうした事件を起こさないために。そして、今後の新たな医療の発展のために。「青戸事件」から、私たちが気づくべきことがあるのではないだろうか。

 

技術の進化とニーズの高度化

さまざまな診療領域で導入される低侵襲手術

IMG_0607 低侵襲手術(MIS=Minimally Invasive Surgery)とは、内視鏡や腹腔鏡などの医療機器を使用して行う手術である。すべての疾患に適応するものではなく、また、症状の段階にもよるが、今日ではさまざまな診療領域で導入されている。例えば、心臓外科。従来は、胸骨を20㎝〜30㎝切り開く胸骨正中切開が当たり前であった。それが現在では、胸骨を切らずに肋骨の間に小さな傷を付け、そこから内視鏡を入れて行う手術がある。
また、脳神経外科では、これまでと比べ1/3程度の開頭範囲で、顕微鏡下による術式が開発されて久しい。消化器外科でも腹腔鏡や胸腔鏡を使用した手術が、今では臓器別に細分化するほどに至っている。そして、整形外科を見ると、腰、膝、関節といったさまざまな部位において、内視鏡下での手術が開発された。例えば腰の手術では、以前は5㎝程の切開が必要であったのが、今日ではわずか6㎜〜16㎜の傷口で手術が可能という段階にまで進化してきている。

 

医師の熟練した技術があってこそのメリット

IMG_9970 低侵襲手術のメリットは、何といっても患者の負担軽減である。従来の手術のように身体を大きく切り開くことが無いため、細胞や組織、筋肉を傷つけることが少ない。そのダメージの小さいことが、早期の社会復帰をも可能にするという、画期的な手術方式である。
 但し、患者にとって傷口が小さくなったぶん、執刀医にとっては切開創が小さくなる。そして、肉眼で臓器や部位を見たり、直接手で触るのではなく、内視鏡や顕微鏡が映し出した映像を通して手術を行う。あえて言えば、ここに低侵襲手術のリスクがある。すなわち、執刀医には従来の手術手技とは異なる、新たな「熟練した技術」が求められるのだ。
 ではその新たな「熟練した技術」を、医師はどのように習得するのか。外科系医師の臨床トレーニングへと視線を延ばしてみよう。

 

㎜単位の指先や手の動きを教えられるのか

IMG_0038 外科系医師の臨床トレーニングは、実際の手術を「見る」ことが重要とされている。一つひとつの手術を通して、若い医師は、経験豊富な指導医の一手一手を間近に見て、技術を学ぶのだ。また一方で、代替的にシミュレータ(模擬手技訓練装置)による模擬手術や、動物を用いた研修を受ける。そのうえで、実際の手術の場での実践的な教育訓練へと進む。指導医立ち会いのもと、少しずつ段階的に自らが執刀するのだ。
 ここで疑問が浮かぶ。機器を通して得た小さな術野での低侵襲手術においても、従来のトレーニング方法で良いのだろうか。ある整形外科医は言う。「大きな術野での手術と異なり、内視鏡下手術では、執刀医の指先や手の動きは㎜単位。それをモニターを見るだけで習得するのは難しいですね」。「顕微鏡下手術では立体認識能力、つまり術野を局部的に見るのではなく、部位全体を立体的に捉える能力が必要です。これを教えるのはなかなか困難です」と語るのはある脳神経外科指導医である。

 

医師のトレーニング環境整備が急務

 医学とは実践と経験の学問である。前述のトレーニング方法によって、今日まで発展してきた。それは事実である。医師が段階的に手術訓練を受ける間、「患者が練習台」であることは事実だが、指導医立ち会いという「安全性」確保において、社会的コンセンサスを得てきたと考える。
 しかしその指導医立ち会いがあったとしても、これまでとは異なる習熟度を必要とする新たな技術に対して、従来の臨床トレーニングだけでは、充分に機能できなくなっているのではないか?
 リスクをことさらに並べ、技術の発展を止めるのではなく、新しい技術にふさわしい臨床教育の仕組みやトレーニング方法を、考える必要があるのではないだろうか?


 

海外ではできて、国内ではできない

献体を用いた医師の臨床トレーニング

 米国テネシー州に、「MERI( MedicalEducation & Research Institute)」という施設がある。ここは医療の質と安全の向上のために、医療技術教育や医療技術・機器の研究・開発の機会を提供するところ。1995年設立というから、低侵襲手術が開発され普及し始めた時期と重なる。この施設で注目したいのは、医療技術向上をめざし、献体を用いて、臨床医のために実践的なトレーニングの場を提供していることだ。
 献体とは、亡くなられた本人、または遺族の意思により、無報酬で提供されるご遺体のことを指す。その献体によって、実際の手術に最も近いカタチで技術を学ぶ、また、経験を積むことをめざし、多くの外科医たちが「MERI」を訪れトレーニングを受けている。
 日本にも、このトレーニングに参加する医師がいる。「手術のテクニックは、人体でなければ学べないことが少なくありません。特に整形外科や脳神経外科など骨を削る手技が伴う手術は、実際の人体で確かめることが非常に有効です」と、ある整形外科医は語る。

83g838C815B83j839383O8E7B90DD

 

日本では実施できないという事実

IMG_9163 献体によるトレーニングができる施設は、ヨーロッパにも、近年ではアジア(中国、韓国、タイ、シンガポール等)やオーストラリアにも誕生し、いずれもが自国の医療に貢献している。だが日本には、そうした施設は存在せず、そもそも献体を臨床トレーニングに用いることができない。
 理由は、死体解剖に関わる法律=「死体解剖保存法」の解釈の曖昧さにある。すなわち、法律では「医学教育や研究目的の解剖」は認めているが、その教育のなかに「外科医の技術向上」を含むかどうか、つまり臨床でも献体を用いたトレーニングが可能かどうか、明記されていないのだ。そのため日本の医師は、海外の施設を利用するしかない。だが、高額な渡航費用と自分が不在時の休診期間を考えると、行くに行けない医師が多いという。


 

医療を育てるのは国民の責任

新しい技術をいかに安全に普及させるか

353_hachiya 医療へのニーズは今後ますます多様化し、それに対応する医療技術への期待は、より一層高まるであろう。
だがそこで大切なことは、新しい技術をいかに安全に普及させるかである。そのためには、医師は確かな基礎技術を持ったうえで、しっかりとしたトレーニングを受けること、そして何より、そのための環境を整備するこ とが必要だ。また、私たち患者も、無闇に手術を受けることを怖がり諦めるのではなく、より高い生活の質を得るために、正しい情報を持ち、その正しい情報から手術をするかしないかを、自分で判断することが大切だと考える。 
 その意味で、献体を用いた臨床トレーニングは一つの活路と考える。もちろん、自らを献体として提供することは、本人の死生観によるところであり、誰もができることではない。また、残された家族の思いを無視することもできない。本人や家族の尊い気持ちを真摯な思いで受け止め、誰が見ても納得できる仕組みが不可欠である。

 

「知ること」「考える」ことから始まる

P542 現在ではすでに、日本で献体を用いた臨床トレーニングができるよう、特定非営利活動法人 MERI Japan(メリジャパン)という組織が活動を始めている。そこでは法整備に向けての働きかけ、提供された献体の管理方法等々が検討されている。その活動が功を奏したのか、厚生労働省の見解が少し変わった。前述の「死体解剖保存法」の解釈を見直そうという動きが芽生えたのである。
 医療は社会的な保障の一つである。誰もが安心して高度な医療を受けたいと望む。だがそのためには、現在の医療のあり方に不備はないか、また、新たな仕組みが必要ではないか、それは国民自身が考えなくてはならない。我々の医療だからこそ、まずは現状を知り、みんなで考えることが必要である。


 

 ■Close Up

献体提供希望者の願い

8EA990g82CC8CA391CC 平成22年7月27日付けの中日新聞に、一つの寄稿文が掲載された。「手術技術向上へ環境整備を」と題されたそれは、一人の献体提供希望者からのものである。
 寄稿文ではこう語られている。「めざましい医療技術の進歩に、私たちは日頃から恩恵に浴している。外科手術においては、患者の負担軽減のための内視鏡下手術があるが、こうした新しい手術技術を、日本の医師は多額の費用をかけ、海外のトレーニングセンターを利用し習得している。日本にも献体が実施されているのに、なぜ外科医の臨床トレーニングが国内でできないの か。高度な外科手術と医療機器の向上のためにも、一日も早く実現できるよう、一人でも多くの人が、この事実に関心を持ってほしい(本文の一部抜粋)」。
 そして最後は、こう締められていた。「私も献体者の一人として実現を提唱します」。

 

※読者の皆さまへ
<LINKED>は生活者と医療を繋ぐ情報紙。生活者と医療機関の新しい関係づくりへの貢献をめざし、中日新聞広告局医療チームとHIP(医療機関の広報企画専門会社)の共同編集にてお届けします。

企画制作:中日新聞広告局

編集協力:NPO法人 メリジャパン

編集:有限会社エイチ・アイ・ピー

Editor in Chief/黒江 仁

Art Director/伊藤 孝
Copywriter/中島 英

Photographer/加藤弘一
Editorial Staff/吉見昌之/猪塚由衣/平野 恵/小塚京子
Design Staff/古澤麻衣/山口沙絵

 


4,949 views