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病院を知ろう

「足助病院」という事例が、私たちに投げかける意味。

 

足助病院



main地域の現状。限られた医療資源。医療者としての思い。それらを重ね合わせたとき、コミュニティの中心となり「生活のなかにある病院」としての歩みが始まった。

愛知県豊田市足助地区にあるJA愛知厚生連・足助病院。近くには香嵐渓があり、緑と水に恵まれた地域だ。だが現実的には、医療資源の乏しい中山間部地域であり、医療過疎地でもある。その僻地医療の拠点として、足助病院は、単に病院として機能するだけではなく、いつまでも安心・満足して暮らし続けることができる地域づくりの核として、地域住民との緊密な毎日を送る。

地域住民の生活空間の一つ。


928007 平成25年9月28日、足助の空はどこまでも青く澄み渡っていた。その輝く空のもと、地域の人々が三々五々、足助病院に集まってくる。この日は同院の病院祭。数えて6回目、平成25年6月に改築オープンした新しい病院では初めてのイベントである。
 今回のテーマは「新生あなたの!地域の!足助病院!!」。病院の近くにある足助もみじ園の園児たちの歌と踊りから幕を開け、若者たちが汗を飛ばしながらの足助太鼓演奏、職員による次期制服ファッションショーをはじめ、健康チェックコーナー、ミニ講演会、パネル展示、屋台等々、院内各所を使っての催しが続く。午後からは「第4回香嵐渓シンポジウム」が開かれ、三つの講演の後、地域住民が参加しての活発な討議が行われた。
 子どもたちの笑い声。高齢者同士の楽しそうなお喋り。それを包み込む職員たちの明るい笑顔。足助病院にとって、それは病院祭だけに限ったことではない。正面玄関入ってすぐに配されたコミュニティホール。ここでは高校生が、学校帰りに友だちと一緒に勉強する姿がある。

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ホールの向こうには、本館と一体的に作られた中庭があり、近所の主婦同士が会話をする。また、手づくりの焼き立てパンを、孫のために買い求めにくるお年寄りがいる。そうした風景に違和感を感じないのは、病院全体が、足助の土地柄を活かし木の香りがする空間美を持ち、コンパクトではあるが落ち着きと豊かさがあるから。設計の原点は、「地域住民が生活空間の一つとして、日常的に活用できる病院」という、まさに足助病院のコンセプトに繋がっている。

 

 

“予防=健康”“福祉”“介護”に注力


104109 「住民にとって生活空間の一つ」という足助病院。その意図はどこにあるのか。早川富博院長は「足助地区は少子高齢社会の先進地区です」と語り始めた。「およそ2万人の住民のうち約4割が高齢者。次代を担う若者も減少しつつあります。そうした地域での病院はどうあるべきか。それを考えたとき、自ずと都会にある中核的な病院とは違うコンセプトが必要と考えました」。
 早川医師が平成8年に足助病院院長に就任したとき、同院は急性期病院としての機能を、現在より有していたという。つまり、二次救急医療にも対応できる能力を持つ病院である。早川院長は語る。「地域の人々は安心の担保として、救急対応できる能力、総合的に揃った診療科を求めるでしょう。しかし、実際に救急患者が救急車で搬送されるのは一日に一例か二例しかありません。また、当院は、内科・外科・整形外科・眼科・耳鼻咽喉科を揃えていますが、医師数は13名、平均年齢は54歳です。通常診療は言うまでもなく、昼間は救急にも問題なく対応できます。しかし、夜間・土曜日曜までフルにとなると、13名では負荷が大き過ぎるというのが現実です」。
 さらに院長の言葉は続く。「当院の医師たちはそれぞれの領域での専門医です。しかし、人数的・施設設備的に限りがあり、正直に言えば、医師たちの意識にもバラつきがある。一方で、患者さんの中心は、いつも最先端医療を必要とするのではなく、通常の診療こそが大切。ならば最先端医療は、車で30分、ヘリを飛ばせば数分のところにある基幹病院にお任せしようと考えました」。

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 では、限られた医療資源をもとに、何を提供するのか。「高齢社会、医療過疎を見つめたとき、大切なのは“予防=健康”“福祉”“介護”です。病気を治すことに加え、病気にさせない病院。少しは不自由さがあっても、住み慣れた地域で、安心安全に暮らすことができる。そうした生活に根ざし、且つ、医療以外にも住民と接点を持つ病院をめざしました。新病院の設計は、コミュニティの中心として、住民が日常的に利用できることを重視したものです」。

 

やがて私たちの明日に繋がる足助町。


104013 早川院長は、手元にあるマンパワー、環境との折り合いを付けながら、地域で必要な医療を見つめ続け、現在の足助病院を創ってきた。そして、地域住民には、何も隠さず同院の実情を語り続けてきたと言う。今では住民のほとんどが、「私たちの足助病院」をよく理解し、さらにそこに自分たちの希望も述べ、いわば住民と病院が一緒に形成する生活の拠点となっている。
 では同院のコンセプト、スタイルは、少子高齢社会の先進地区「足助」だけの特殊事例であろうか。答えは否。なぜなら、現在、我が国では、医療提供体制の見直しが大きくなされている。それは人口構造、社会情勢に合わせた医療の縮小化であり、縮小化とは、需要と供給のバランスが崩れるということだ。その影響は、足助のような都会から離れた地域から顕在化する。
 さらに、高齢者の多くは複数の病気を抱えることが多い。

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主疾患を一つ治して生命を持続させる医療だけではなく、病気を抱えながらも、自立した生活が成り立つための医療が必要になってくる。これは遅かれ早かれ、今後、我が国のどこででも見聞されることだろう。そのとき、医療は単独で存在することは難しい。患者の生活、家族、暮らす地域などに、もっと密接に関わった複眼的な視線が不可欠となろう。
 足助病院のケーススタディは、今後の我が国の医療に係る問題を、私たちに投げかけているのではないだろうか。

総合力ある若い医師が必要。


928187 早川院長に同院の今後を語ってもらおう。「私たち医療従事者の使命は、自分たちが持っている医学的な知識、知見をどれだけ地域に配信するかにあると考えます。それは診療という形になるときもあれば、食事や運動など、生活に密着した行為への指導になるときもある。いずれにしても、病気を治すセンターではなく、日々の生活の同伴者。そして、もし病気になったときには、その人にとって最良の医療に繋ぐセンター機能を高めていきたいですね」。
 そのための課題は何だろうか。「医師不足の解消です。といっても専門医がほしいわけではありません。例えば、消化器内科のスーパードクターは当院には要りません。それよりも総合力。高齢社会の医療では、急性期の専門治療だけではなく、この患者さんが今後どういう状況で暮らしていくのか、そうしたものを見つめることができる、総合力のある治療能力が不可欠になるでしょう。そうした視点を持つ医師がほしい。それも若い人がいいな(笑)。とはいえ、足助に骨を埋めるには、医師として相当な覚悟が要ります。だから数年でいいのです。医師の資格取得後、初期の研修を終え、幅広い領域での初期診断能力をひと通りは学んだ医師にとって、二、三年の間、当地で今後の医療の形となる地域包括ケアをしっかりと学ぶことは、大きな意味を持ちます。当院にとっても、そうした研修医が継続的に供給されると、もっと機動性のある病院になります。現在すでに大学病院や基幹病院から研修医を迎え、指導を行っています。それを今後はより一層、力を入れ、これからの医療の先進事例的な教育センター病院にしていきたいと考えます」。

 


 

column

コラム

●足助病院の診療圏は広い。国道153号に沿って、石野地区から巴川上流、稲武、設楽町名倉地区など。八重川に近い地域を中心に、楕円状に広がる。なかには旭地区、さらには、長野県根羽からも患者が訪れる。

●早川院長独り言。
◇「最先端医療をやろうと思えばやれる。でもそのときどきの状況によって、やれないときもある。であるならば、やれないとはっきりした方が良いと思う。やれるときはやる。できないときは『申し訳ない』と言う」。
◇「車で30分程のところに豊田厚生病院、トヨタ記念病院がある。ヘリを飛ばせば愛知医科大学病院もある。そこを活用すれば、緊急性の高い急性期医療機能は確保できるよね」。
◇「どんな医療でも提供できる病院ではなく、日々の生活に密着したところの病院。そういう選択もあって良いでしょう

 

backstage

バックステージ

●病気を治すだけではなく、病気にさせない、あるいは病気とともに歩む人をしっかりと支え続ける。足助病院のなかを一回りすると、その言葉の意味を理解できる。

●例えば、高齢者宅への食事の宅配サービス、本当に気軽に聞きに行くことができる足助村塾での予防セミナー。さらには、地域の福祉・介護事業所との関係に基づくさまざまな「地域サービス」が展開されている。

●特筆すべきは、地域の住民も一緒になって地域づくりを行っていることだ。「ワンコインタクシー」。バス路線の少ない地域から患者が同院に通うとき、何人かが誘い合い、それぞれが500円ずつ出し合って乗り合いタクシーとして活用する。

●地域医療は、病院の努力だけでは限りがある。住民が「自助」の精神を持ち、みんなで努力をし合ってこそ、地域医療は守ることができるのではなかろうか。

 


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