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病院を知ろう

止まっていた時間が動き出す。その鍵は「会話」。

稲沢市民病院



main「尾張地区の中核機能としての稲沢市民病院」復活をめざして。地域との連携を軸に、稲沢市民の生命と健康を守る。

稲沢市民病院の誕生は昭和23年である。以来、総合的な中核病院として、稲沢市民に医療を提供し続けてきた。だが長い年月の間に、かつての機能性に欠け、市民病院としての輝きが失われていた。その同院が現在は平成26年度完成をめざし、新病院を建設中。新しいステージにどのような医療が展開されるのか、加藤健司院長にその構想を聞く。

「失われた信頼」を自覚する。


IMG_4840 稲沢市民病院では、平成26年度新病院移転開設をめざし、平成24年7月から建物本体の建設がスタートした。場所は、現在の同院から約0.7km南。地上6階建て、円弧状の低層部に面して公園が設けられ、その先は稲沢市立中央図書館、名古屋文理大学文化フォーラム(稲沢市民会館)のある文化の丘に繋がっている。
 新病院建設の陣頭指揮を執るのは、加藤健司院長(平成22年4月着任)だ。新病院の構想を伺うにあたり、院長着任当時の同院を振り返ってもらった。「ひとことで言えば、元気のない病院でした。市民や地域診療所からの信頼は低く、市内に市民病院があるにもかかわらず、一宮市をはじめとする近隣地域の病院が利用されている状況でした」。その原因はどこにあったのだろう。「医師不足と、建物・設備の老朽化ですね。地域のニーズに応えようと医師は頑張るのですが、どうしても範囲が限られ、限界も生じてくる。そうするとすべての患者さんを、きちんと診ることができない、結果受け入れをお断りしてしまう。一方で、病院建て替えの話が長い年月の間に出ては消え、出ては消えという状況が続いていたようです。医師や職員にとっては、先が定まらぬ環境下にあり、思いはあっても、少しずつ地域のニーズとアクティビティがずれていった。そうした蓄積が、地域からの信頼を低下させたのだと思います」。
 では、新病院移転は同院の起死回生の切り札なのだろうか。「新しい病院ができることは意義深いと思います。その器を活かすためにも、失われた信頼をどう取り戻すか、それが何より大切です」。

 

 

「私たちからの会話」を始める。


IMG_2832 信頼を取り戻すために必要なことは、三つあると加藤院長は言う。「断らない救急、コモンディジーズ(発症頻度の高い疾患)への対応、地域との連携です」。「まず断らない救急とは…」と院長は言葉を続ける。「今年から整形外科と脳神経外科の医師が着任し、従来の内科系に加え外科系の救急対応が可能になりました。新病院では、当院で治療が難しい場合でも、初期診断は必ず行い、対応可能な病院へ迅速・的確に繋ぎます。また、一次(軽症)救急は、夜間帯をある程度カバーできればと考えます。コモンディジーズについては、がん・脳卒中・心臓病・糖尿病を含め、しっかりと診ていきます。地域の医療を守るうえでこれは欠かせません。そして、地域との連携IMG_2900ですが、有難いことに診療所の先生方は、新病院への期待感を持ってくださっています。そのご期待に応える意味で、当院ができることとできないこと、つまり守備範囲を明確にします。すでに現在、新任の医師が来たときは診療所の先生を訪ね、コミュニケーションを図るようにしています」。
 さらに、市民へのアプローチも構想にあると言う。「当院が持つ医療知識をもっと公開していきたい。その思いからすでに“市民講座”をスタートさせました。他にも植木まつり等ではブースを設けて看護師はじめ多職種による健康チェックなども行っています。また、新病院に隣接する市民会館や図書館の催事に連動し、当院も催しを行う。そうした活動から市民の皆さんに“市民病院”を身近に感じていただきたいですね」。
 止まっていた時間を取り戻すために、院長の構想は大きく広がる。「要は『会話』です。言葉で、行動で、私たちから会話を始める。その積み重ねが大切と考えます」。

 

「医師」へのアプローチを起こす。


IMG_2846 院長の新病院構想の実現に不可欠な要素、それは医師である。正確にいうと、在職中の医師と研修医、そして新たに派遣される医師である。
 まずは在職中の医師。「どの医師も、これまで挫けそうになりながらも頑張ってきました。それをもうひと頑張りしてほしいと思います。求めるのは、自らの専門領域を高めつつ、ジェネラル、すなわち総合的・全般的な視点をも持つということ。具体的にはプライマリ・ケア(初期段階で総合的に診る医療)への対応力です。救急を断らない前提に立つとともに、医師数が増えるまで現在の限られた人数で新病院構想を実現するには、そうした総合性が不可欠です。それをサポートするために、研修会などの準備も始めつつあります」。
 そうしたプライマリ・ケアへの対応力は、若い研修医の獲得にも繋がる。名古屋市から電車で15分という交通至便なところで、新しい病院に変わるという要素に、プライマリ・ケアをしっかりと地域とともに学んでいける環境があるとなれば、研修医にとって魅力は高まるはずだと、院長は確信する。
 そうした環境整備に注力する一方で、これまで大学医学部頼りにしていた医師派遣に対して、院長は稲沢市長とともに医学部医局回りを開始した。建物本体の建設が進行する今、訪問にもより一層力を入れ、病院が生まれ変わることをアピール。稲沢市民およそ14万人を支える病院として、現在の医師30名体制を40名、いや50名体制にまで持っていきたいとする。

 

「地域と同じ時」を刻む。

パース これまで病院建設に半信半疑だった医師、職員たちは、建設の槌音が確かに聞こえ始めた今、「その意識が変わってきた」と院長は言う。市民に必要な医療は何か。市民病院としてどうあるべきか。前向きに語り合えるようになってきたのだ。
 そうした医師、職員を頼もしく思いながらも、院長の視線はさらに先へと続いている。「新しいステージがもう目の前に広がっています。そこで当院は、市民病院としての責務を果たすために、信頼を取り戻すアプローチを徹底させ、とにかく最短距離で走らなければなりません。私たちのスピードが速ければ速いほど、この地域の医療を守ることにより早く繋がるのですから。
 ただ、間違えてはいけないのは、それで終わりではないということです。地域において必要な稲沢市民病院の機能をまずは用意し、その状況のなかで、地域が本当に必要としている形に柔軟に対応することが大切なのです。地域の高齢化のスピード、若年層増加のスピード。アンテナを張る要素は、多様にあります。地域との会話を大切に、地域からの信頼を取り戻し、地域と同じ時を刻む。新病院が完成したとき、私たちの本当の挑戦が始まるのだと思います」。

 


 

columnコラム

●現在建設中の新病院は、明るさと開放感を大切にした設計がなされている。正面玄関は冬季の北西の季節風に配慮し、南東側に設置。北側には公園が配された。この公園は、外来待合やレストランなどから眺めることができ、来院者には快適な空間となろう。

●建物本体は地上6階建て。鉄筋コンクリート造(免震構造)であり、地震による被害の低減が考慮されている。また、1階正面玄関を入ったアトリウムは、災害時にはトリアージ(※)スペースとしても活用できるよう設計されている。※傷病者の重症度や緊急性に応じて、治療の優先順位を決定すること

●1階2階は外来診療室、リハビリテーション室、講堂が整備。3階は5室の手術室、HCU(ハイケアユニット)、救急病棟、そして4〜6階は入院病棟が配されている。

 

backstage

バックステージ

●稲沢市民病院があるのは、稲沢市と一宮市で構成される尾張西部医療圏である。この医療圏は、北部の一宮市に医療資源が集中していたが、さらにその一宮市で、数年前に二つの救命救急センターが誕生。救急医療と高度急性期医療の強力な体制が固められた。

●そうした地理的条件、医療機能の整備状況、そして、大学による医師引き上げを受けた形で、稲沢市民病院は負のスパイラルに陥ったといえよう。結果、市民は、市を越えて他病院に頼らねばならない状況が生まれた。

●それに歯止めをかけようと実施される新病院の建設移転。高度急性期機能が北部に整えられて、自らは何をすべきか。従来の「市民の生命と健康」を守ることに加え、「高齢社会における生活」をも守ることにまで目線をのばし、真に必要とされる市民病院への自己改革に期待したい。

 

 


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