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シアワセをつなぐ仕事

看護師、母親、マラソンランナー。
すべてが成り立つ「大垣方式」。

宮田明子/大垣市民病院 消化器内科病棟


 

main消化器内科病棟で勤務する宮田明子看護師は、小学生の子ども2人を育てながら、趣味のマラソンでは各地の大会に出場。
オンとオフをうまく切り分け、充実したライフスタイルを謳歌する。
午前中や夜勤前に自由な時間が持てる変則三交代勤務をうまく活用し、
ワーク・ライフ・バランスを実現する彼女の仕事ぶりを追った。

 

 

 

 


もちろん仕事は大切。でも、自分の時間も大切にしたい。
そんな看護師たちの思いに、看護部の勤務形態への継続的な改善努力は今日も続く。


 

一般企業に転職して改めて気付かされた看護師がしたい自分。

 IMG_2994 「一度は一般企業に就職しましたが、やはり看護師の仕事がしたくて」。そう自身の経歴を振り返る宮田明子看護師は、“2年間の回り道”を経験した異色のキャリアを持つ。名古屋市内の看護学校を卒業後、大学病院に入職。その後、一旦は一般企業へと転職した。
 実家のある大垣市近郊の企業に知人の紹介で就職した宮田は、まったく畑違いの業界で仕事を始める。「今までと違う経験がしたい」。そんな思いから飛び込んだ新しい世界。だが、イメージしていたものと現実はあまりに違っていた。いつしか毎日の仕事が重荷になっていく。「看護師のときは、もっと純粋な気持ちで仕事に向き合えていた」。そう考えた宮田は、再び看護師になろうと会社を2年で後にした。「看護師を一度辞めたのは、当時の自分の意志が弱かったから。でも、2年間の回り道があったからこそ、正直な自分の気持ちに気付けた気がします」。
 看護師である母親の助言もあり、大垣市民病院に就職。ICUで働きはじめた宮田。最初に驚いたのは、その圧倒的な患者数だった。「この地域の救急車がすべて集まってくる」。そんな状況を目の当たりにして、病院に対する地域からの絶大な信頼を肌で感じた。
 ICUでの忙しい仕事は、宮田自身が望んでいたものだ。改めて自分がやりたい仕事だと再確認した宮田は、看護師の仕事に夢中になった。「気持ちは大学病院の頃よりも楽でした。忙しいけど頑張れる。やっぱりこの仕事が好きだという思いが強かったですね」。
 その忙しさも徐々に改善が進んでいるという。今では看護の現場に補助員が導入され、患者の身体を拭いたり、移動を支援したりといった仕事は、補助員と分担して行う。フロアの掃除なども委託業者に一任している。以前なら看護師が行っていた業務を任せることで、看護師はより専門性を発揮できる分野に力を入れられるようになった。

2人の子どもを出産し子育てを経た今、自分らしい働き方を実践。

IMG_5606 入職当初の宮田は、2年間のブランクを取り戻すかのように通常の三交代勤務でバリバリ働いた。ほどなく結婚、そして長女を出産する。育児休暇を1年間取得し、復帰後は、院内保育所に子どもを預けて消化器・循環器の混合病棟へ。この混合病棟で勤務する間に、新たに次女を出産。3年間の育児休暇を取得した。
 復帰後は消化器内科病棟に勤務し、以前の三交代勤務から変則三交代勤務となった。これは宮田にとって大きなプラスだった。三交代勤務では、準夜勤の勤務時間が16時30分から翌1時15分まで、夜勤が0時30分から9時15分まで。一方、変則三交代勤務では、準夜勤の代わりに「中勤」という形態が取られ、勤務時間は12時45分から21時15分まで、夜勤は20時30分から翌9時15分までとなる。
マラソン 変則三交代勤務の中勤では、準夜勤と違って子どもの就寝時間には帰宅できる。また、夜勤の勤務時間が11時間に設定され、仮眠できる体制づくりをしているため、身体への負担が少なく、家事や育児との両立がしやすいのがメリットだ。
 「休みが取りやすいですし、家族と顔を合わせる時間も作りやすい。午前中の空き時間や夜勤前に用事を済ませることもでき、自分のライフスタイルにぴったりでした」。時間をうまくやりくりしながら、家事や育児に力を入れる宮田。と同時に、自分の時間も大切にし、趣味のマラソンも続けている。今年5月には『高橋尚子杯 ぎふ清流ハーフマラソン』に出場し、規定時間内に見事完走。現在は11月中旬に開催される『いびがわマラソン』に向けて練習を続ける日々だ。

イキイキとした看護師の姿を支える柔軟な勤務形態。

IMG_5376 仕事と自分の時間を両立し、充実した日々を送る宮田。彼女のような働き方が実現できる背景には、同院が力を入れてきた独自の勤務形態や支援制度がある。変則三交代勤務は、そんな同院の姿勢を象徴する制度のひとつだろう。
IMG_5407 2006年の診療報酬改定により7対1看護が新設されて以降、一時は深刻な看護師不足に陥った同院。看護業務が過密化し、労働環境が厳しさを増すなか、職員の自己犠牲で成り立つ職場環境であってはならない。そんな思いから、看護部ではワーク・ライフ・バランスに重きを置いた夜勤・交代制勤務への改善に取り組んできた。
 現在の夜勤・交代制勤務の土台は、同院が1978年に基準看護を導入する際に考案され、当時は「大垣方式」と呼ばれて話題を呼んだ。日勤(8時30分〜17時15分)、中勤(12時45分〜21時15分)、夜勤(20時30分〜翌9時15分)の変則三交代勤務で、深夜に交代がなく、公共交通機関を利用する看護師には好評を得た。今ではこの勤務形態をベースに、各部署の特殊性に合わせた夜勤・交代制勤務が採用されている。

看護師、妻、そして母。
3つの顔があるからこそ、輝いた自分でいられる。

IMG_5414 今、宮田が勤務する消化器内科病棟は、がん患者が多い。循環器系のチームで働く機会が多かった宮田にとっては、初めての体験も少なくない。「勤務して半年が経ちましたが、まだまだ勉強することばかりですね」。がん看護の認定看護師をはじめとしたサポートチームのアドバイスを受けながら、どう患者と向き合えばいいのかを模索する日々が続く。
 病気には治るものもあれば、治らないケースもある。病気が治る場面に関われるのが一番だが、治る・治らないに関係なく、患者に元気を分け与えられる存在になることが宮田の理想だ。「元気になるわ」。患者からそんな声をかけてもらえるよう、今後も笑顔を絶やさない看護師であり続けたいと願う。
 多忙な家事や育児を担いながら、充実した看護師生活を送り続ける。そのために重要なのは、「気持ち」だと宮田はいう。「忙しいなかでもオンとオフをうまく切り替えれば、仕事とプライベートは両立できる。すべては気持ちの持ち方次第だと思いますね」。仕事があるからこそ、休みも楽しめる。看護師、奥さん、お母さんという「三位一体」。そのすべてがあるからこそ、今の自分がある。そんな思いを胸に抱きながら、今日も宮田は、大垣市民病院で患者に笑顔と元気をもたらす日々を送っている。


 

 

 

column
コラム
●宮田看護師は、長女の出産時に1年、次女の出産時に3年の育児休暇を取得したが、長期休暇には、「ブランクが心配」という声を挙げる看護師が少なくない。宮田看護師も最初の出産時には、3年のブランクを恐れ、休暇を1年にした経緯がある。また、休暇取得が「周りに負担を強いるのではないか」と心配する看護師も多い。こうした状況を打開することが、出産・育児を行う看護師を支援する上で欠かせない要素だ。

●大垣市民病院では、子育て支援制度をうまく機能させるため、復職後のフォロー体制に加え、サポートする側の不満払拭にも心血を注ぐ。子育て支援の重要性を説く教育を充実させるとともに、職場全体で年次有給休暇を計画的に付与。時間外勤務の削減に向けた改善活動も積極的に進めている。また、無理なく復帰ができるように、ライフスタイルに応じた部分休業や短時間勤務の仕組みも整備。誰もが快適に働ける環境づくりに努めている。

 

 

 

backstage

バックステージ

●以前の看護師の職場では、プライベートを犠牲にし、患者のために尽くすという滅私奉公のような働き方が当然だとみなされてきた。患者の生命に関わる責任と大きなやりがいが、看護師本人のモチベーションを駆り立て、自ら率先して長時間労働に向かわせる土壌を作り上げてきた感も否めない。だが、時代は移り変わり、今では看護師も多様な生き方が尊重されるようになった。旧態依然とした働き方では、看護師の疲弊や離職を招き、良好な医療体制を維持できないのが実情だろう。

●看護師にもそれぞれ個性がある。生き方やライフスタイルもさまざまだ。今後はこうした個性を尊重する、ダイバーシティ(多様性)・マネジメントの考え方が、看護師の職場にも求められてくるはずだ。多様な生き方を尊重する働き方をめざして、医療現場での模索は、今後もさらに続いていくに違いない。

 

 


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