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アーカイブTOPタイトル-10 今年初め、埼玉県久喜市の男性(当時75歳)が、救急搬送を36回に亘り病院から断られ死亡した事件が大きく報道された。そこで飛び交った言葉は「たらい回し」である。LINKEDは第7号(平成24年7月12日発行)で東海三県で「たらい回し」が行われているのかどうか、救急病院の現状を取り上げた。当時の調査では、東海三県(救急応需率:愛知県97.9%、岐阜県98.9%、三重県90.1%)は、東京都(同:73.7%)や大阪府(同:83.2%)など他の大都市圏と比較すると、非常に高い受入率を保っていること。また一方で、「これ以上の受け入れは不可能」という事態が起こりかねないという切迫した事情が病院側にあることが明らかになった。LINKEDは、今一度、住民の視点に立って、どうすれば、住民の実感である救急搬送の「たらい回し」の事態を引き起こさないかを、救急搬送だけでなく、地域医療が抱える制度的構造的問題にまで分析のメスを入れ、きちんと考えなおしてみたい。それが今回10号のテーマである。実態を見つめ、救急医療と地域医療を検証する。


s01【現場レポート】知らぬ間に忍び寄る救急不応需の影。

岡崎市民病院の苦悩。

83c838983x83g018fc90b395d28fw01 愛知県岡崎市にある岡崎市民病院。今年の冬のある日、救命救急センターに救急車のサイレンが鳴り響いた。搬送されたのは、頭痛と発熱、激しい咳を訴える60代の男性。救急医と看護師は直ちに問診を行い、血圧や脈拍、体温、呼吸状態などを調べ、胸部X線検査へと進める。診断は肺炎だが、差し迫った生命の危険性はない。それを見極めた救急医は、院内の地域医療連携室へと電話を入れる。連絡を受けたのは、同室・医療相談班のソーシャルワーカー杉浦裕子だ。救急医から要領よく患者の病態を確認。一旦切ったその電話で、今度は地域にある他の病院へと連絡を入れる。救急医に確認した患者の病名、病態、現在の状況を、今度は杉浦が他病院に伝える。一つ目の病院、「満床になったところです」、二つ目、「明日には一床空くんですが…」、三つ目、「了解しました。送ってください」。胸をなでおろす間も惜しんで、杉浦はすぐさま救命救急センターに転送準備を連絡。「転送先が決まりました!」と叫んだ。map その杉浦の後ろを、同室・副室長の宮島さゆり看護師が小走りで通って行く。同院での入院治療が終わった患者に、他の病院への転院を説明するのだ。「この方は急性期(集中的な治療が必要な段階)を脱しましたが、まだ継続的な治療が必要です。そうした患者さんを受け入れてくださる病院が岡崎市内では見つからず、豊川市、豊田市、西尾市、碧南市、刈谷市を探し続け、何とか名古屋市の病院が見つかりました。それをお話しし納得していただかないと…」。その言葉の後ろで、救急車のサイレンが再び鳴り響いた。
 二人の活動の目的は、病床の確保にある。岡崎市民病院の入院病床数は、650床。規模は大きい。それにもかかわらず、冒頭の救急患者はなぜ入院できないのか? また、継続治療が必要な患者の退院を促すのはなぜだろうか? 地域医療連携室・室長の小林靖医師(脳神経内科代表)は語る。「当院が受ける救急搬送件数は年々増加しており、現在では1万件に迫ります。これは岡崎市と幸田町で構成する西三河南部東医療圏(※1)で発生する救急搬送件数の71.2%。それだけの救急患者さんが当院に集中します。病床の稼働率は97%。つまり650床のうち20床しか空きがない。この状態では、生命の危機に陥った重症の救急患者さんが運ばれてきても、収容することができません。また、救急ではなく予定入院が決まっている患者さんもいます。そのため、救命救急センターと地域医療連携室でトリアージ(※2)機能を強め、中等症・軽症(※3)の患者さんには、診断を付けたうえで、他の病院への即日転送や一時帰宅を進めます。それと同時に、入院患者さんに速やかに退院していただくことも必要です。継続治療が必要となると、たとえ転院先が名古屋市にまで広がっても、患者さんに適した病院をとことん探します。それができず在宅に戻っていただく場合は、診療所や訪問看護ステーションと連携し、準備を万全に整えたうえで退院していただきます」。救急搬送患者の一時帰宅。そこにリスクはないのだろうか?「初期診断を済ませ一旦自宅に帰ってもらい、翌日再受診していただく。患者さんにとっても、医師にとってもリスクの高い判断です」と小林医師。本来ならそのまま経過観察が望ましい患者であっても、転院・一時帰宅する人は年間234人(平成23年度)だという。一方、岡崎市民が名古屋市に転院するのは、患者や家族にとって負担が大きくはないか? 「確かにそうです。しかし当院がある医療圏には、救急・急性期医療に対応できる病院が当院しかありません。人口約41万人に対して、当院650床だけなのです。一方、救急搬送件数は増え続け、自力で救急外来に来る患者さんも増え続ける…。医師は治癒に向けて懸命に努力をし、総勢28名の地域医療連携室では地域の病院や診療所との関係を深めるなど、病院を挙げて、非常事態が続くこの状況を必死の努力で支えています。それでも医療圏内で救急搬送を受け切れず、他の医療圏まであふれ出ている状態です」。小林医師は悔しさをにじませこう語る。

※1 医療圏/医療法で定められた「特殊な医療を除き、一般の医療需要に対して入院治療を中心に対応するために設定する区域」
※2重症度と緊急性によって治療の優先度を決定する
※3中等症/入院治療を必要とするが重症に至らない状態 軽症/入院加療を必要としない状態


s02【分析レポート1】岡崎市民病院だけではない、救急医療を取り巻く現実。

苦しみの原因はどこにあるのか?

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 岡崎市民病院に起きていることは、特殊な例だろうか? LINKEDは、編集協力をいただいている東海三県各地域の基幹となる病院(三次救急、もしくはそれに準ずる機能を有する地域の医療機関:以下、基幹病院)に緊急アンケートを行った(右図参照)。これで見ると、この3年間で救急搬送件数は軒並み増えている。いずれの基幹病院も、団塊の世代が高齢期に入る今後は、さらに救急件数は急増すると予測する。医療資源である医師数は、人口10万人に対して愛知県123.2名、岐阜県112.3名、三重県112.1名。全国的に医師不足が叫ばれているなかで、東海三県はその全国平均141.3名にも届かない。(医師数:厚生労働省平成22年医師・歯科医師・薬剤師調査より)これに追い打ちをかけるのは、救急搬送に占める軽症患者の多さだ。愛知県でいうと、軽症56%、中等症35%、重症7%。西三河南部東・尾張中部医療圏では、軽症が70%に近い数字を示している。誤解を恐れずにいえば、必ずしも救急搬送を必要としない患者が、基幹病院に押し寄せている。(平成25年地域医療連携のための有識者会議資料より)自力で救急外来に来る患者を含め、増え続ける救急患者、少ない医師。医師たちの貴重なパワーは、軽症患者への初期診断・初期治療に取られ、それでもなお押しかける救急患者への対応に疲弊する。また、病院の入院病床は、都道府県が策定する医療計画で、医療圏ごとに必要数が定められており、個々の病院が勝手に増やすことはできない。となると、病院は病床の回転(利用効率)を上げることと、転院先の確保にこれまたパワーを注ぐしかない。岡崎市民病院の苦悩は、程度の差こそあれ、他の医療圏の基幹病院に共通する苦悩でもある。

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s03【分析レポート2】地域医療モデルの設計に、間違いはなかったのか?

基幹病院と診療所との間にある問題。

83c838983x83g078fc90b30295d28fw ではどうしてこのような状態になったのか。
 日本の地域医療の仕組みは、病院完結型から地域完結型へと、大きく転換した。病院完結型とは、一つの病院で初期診断・通院治療もしくは入院治療・療養まですべて行うもの。地域完結型は、初期診断と通院治療は診療所が担い、入院治療は急性期・回復期・療養期と領域を分けた上で、診療所と病院が連携して医療を提供するものだ。目的は効率的な医療提供の実現である。
 その流れは、国が定める診療報酬制度によって促された。仕組みづくりの鍵は、診療所から急性期病院への患者紹介。そのため、急性期病院は自らの専門医療機能の高度化を図ると同時に、診療所との連携強化を推し進め、一方では、激烈な医師の確保、看護師の争奪戦を展開。結果、東海地区においては、高度な急性期医療を担うことができる病院が生き残り、地域の基幹病院として位置づいたのである。
 この病院淘汰・再編の過程を通じて、急性期病院としての生き残りが困難になった病院は、加えて、医師を送り出す大学病院自体の医師不足に端を発した、医師の引き上げや、慢性的な看護師不足、財政難に見舞われた。 そのため、救急医療からの撤退、診療科の閉鎖に追い込まれる病院が出現する一方、自院の得意分野に資源を集中させた専門病院、特定の疾患に対応する回復期病院、また、介護保険で高齢者に介護サービスを提供する施設への転換を、多くの病院が積極的に図ることとなった。
 その結果、本来、基幹病院の手前で、軽症や中等症の患者を積極的に引き受ける、また、医療依存度の高い患者に、継続的な入院治療を提供するという、一般的な急性期機能を持つ中間的な病院の機能が激減することとなった。高度専門医療を得意とする基幹病院と、特定疾患に対応する病院、住民がかかりつけの医療機関として気軽に受診する診療所に分化し、基幹病院と診療所との間で、一般的な疾患に幅広く対応する中間的な病院が減少すれば、救急患者が基幹病院に集中するのは必然である。一般的な疾患を抱えている患者も、中間的な病院が地域から消えれば、基幹病院を頼らざるを得ない。そうして今の状況が作り出された。


<問題提起>

想定外の不安要素を私たちは自覚しているか。

 もし、各地域の基幹病院が、何らかの事情で、安定的に医療を提供することができなくなったら…。その日を境に、地域住民の生活は激変する。しかし、その備えとしての代替プランは用意されていない。団塊の世代が一気に高齢期を迎えようとする今日、喫緊の課題は、日常生活における一般的な疾患に対して、限られた医療資源を使い、基幹病院の補完機能を再構築することではないだろうか。求められるのは、万が一のリスクに対して、いかに医療提供体制の欠落を最小限にするかの発想だ。
 東日本大震災を経験した私たちは、もはや他人任せにした想定外という言い訳はできない。だからこそ、今、あえて「あなた」に問題提起をしたい。私たち一人ひとりは、当事者意識を持って現在の地域医療のあり方を知り、考えなければならないことを。
 LINKEDでは、基幹病院と診療所の間にある「断層」を埋めようとする、地域の新しい動きに焦点を当てながら、今後、引き続きこの問題を考えていきたい。

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HEYE元厚生労働副大臣 大塚耕平/地域包括ケアシステム」と「地域医療コーディネーター」

 

 

 


SPECIAL THANKS(編集協力)

「PROJECT LINKED」は、本活動にご協力をいただいている下記の医療機関とともに、運営しています。

愛知医科大学病院
安城更生病院
伊勢赤十字病院
大垣市民病院
岡崎市民病院
海南病院
春日井市民病院
刈谷豊田総合病院
岐阜県総合医療センター
江南厚生病院
公立陶生病院
社会保険中京病院
総合犬山中央病院
総合病院中津川市民病院
総合大雄会病院
大同病院
トヨタ記念病院
豊田厚生病院
中津川市地域総合医療センター
名古屋掖済会病院
名古屋大学医学部附属病院
名古屋第二赤十字病院
はちや整形外科病院
半田市立半田病院
藤田保健衛生大学病院
松阪市民病院
八千代病院
※読者の皆さまへ
<LINKED>は生活者と医療を繋ぐ情報紙。生活者と医療機関の新しい関係づくりへの貢献をめざし、中日新聞広告局医療チームとHIP(医療機関の広報企画専門会社)の共同編集にてお届けします。

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