THE ZOOM 〜西三河南部西医療圏 〜 編集協力:安城更生病院

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仮にマグニチュード9.1の南海トラフ巨大地震が発生すると、最悪クラスで220兆3千億円の経済被害32万人の死者が出ると想定されている。
これは東日本大震災の実に10倍を超える規模。
「巨大地震の発生は千年に一度、あるいはもっと低い頻度」とされているものの、東日本大震災の教訓は、「想定外」では済まされない、ということだったはず。
あなたの住んでいる町も、決して例外ではない。
「自分だけは大丈夫」と考えていないだろうか?
自治体や医療機関の連携による住民の生命を守る砦づくりの現状に注目し、自分で自分の身を守るためにも、しっかりとその活動の実際を理解しておきたい。

 


 

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平成23年3月11日から2年8カ月あまり。私たちは、すでにあの日のことを忘れ去り、まるで他人ごとのように思い始めているのではないだろうか?
大震災は、日本という国に生きている限り、決して他人ごとでは済まされない。
明日、それが安城周辺に暮らす私たちを襲っても、不思議ではない。
しかし、安城市には、3.11の経験を経て、住民の生命を守るため、自治体単位の災害医療救助体制づくりに立ち上がった人たちがいる。

3.11の貴重な体験を踏まえた “安城市災害医療救助体制”。

太平洋沖に延びる南海トラフでの巨大地震は、東海・近畿・四国一円に、大きな災害をもたらすと予想されているが、内陸部の安城市も例外ではない。震度は7(激震)、最大被害想定の死者は700名とも言われている。
果たして、そのための備えはできているのだろうか?
安城市医師会会長 藤井康彰氏は、日頃から安城市におけるこれまでの地域防災計画は、想定外の大災害にも機能しうる内実を備えているのだろうか、と不安に感じていた。安城市の限られた医療資源を最大限有効に活用できるシステムはできているか? また、万一の際の指揮命令系統は乱れることなく一元的に機能するよう設計されているだろうか?
藤井康彰氏は医師会はもちろん、自治体などさまざまな関係者、さらに安城更生病院と八千代病院にも声をかけ、東日本大震災という未曽有の大災害の体験を踏まえて、新たな災害医療救助体制づくりに着手した。東日本大震災では薬剤が全国から届けられていたのに、仕分けが充分ではなく、求められるところへ求められる薬剤が届いていなかった例もある。また、検死の際には歯科医師のカルテチェックが重要な役割を果たしていた。
そして、平成24年2月5日に安城市歯科医師会、同薬剤師会をも交えて、第1回の「災害時の医療救助に関する検討会」を開催。安城市、医師会、歯科医師会、薬剤師会、安城更生病院、八千代病院の6者が一堂に会した。
その後も1カ月に1回程度の頻度で検討会が開催され、平成24年7月には衣浦東部広域連合安城消防署が参加、さらに9月には安城警察署が参加し8者となった。
この検討会では、発災後安城市はJR東海道本線を境にして南北に分断されると見て、市内を北部と南部に分け、すべてを統括する「災害医療統括コーディネーター」の下に、八千代病院の北部地区コーディネーター、安城更生病院の南部地区コーディネーターが、それぞれ統括コーディネーターを補佐する形とした。
また、これまで11カ所あった医療救護所を5カ所に集約した。医療救護所は、東日本大震災の事例からも分かるとおり、傷病者を寝かせるスペースや、水や救援物資の供給のために自衛隊の大型トラックが駐車できるスペースが必要となる。貯水タンクや発電機の設置なども検討しなければならない。そういった点を考慮してまず市内小中学校に的を絞り、各校の耐震強度や地盤の液状化調査などを実施した上で医療救護所として5カ所を決定した。5カ所としたのは、限られた医療資源や医療従事者を集約して、より効率的な運営を図るためである。
被災状況により医師などの協力可能な医療従事者が、いったん安城更生病院と八千代病院に参集し、診療科を考慮した医療救護班を編成し、医療救護所に派遣する。災害医療の現場では、場合によっては24時間働き詰めというケースも想定されるが、それでは医師が先に参ってしまう。一人の医師の負担を軽減し、交代して診療にあたることが可能な体制とした。
災害時には、予測不可能なことが起きる。医師もまた、被災者になりうる。病院や医療救護所が思うように機能しない可能性もある。こうしたことをすべて視野に入れて、どのようなときにも適切な医療を提供できる仕組みを安城市はつくりあげたのである。

 

私たちには3.11に学んだ知恵があります。

a_3東日本大震災から1年目の平成24年3月11日、中日新聞社は「災害時の地域医療について語ろう」をテーマにシンポジウムを開催。被災地で効率的な救護に取り組んだ石巻赤十字病院の飯沼一宇院長(当時)がビデオ基調講演を行い、その後安城更生病院浦田士郎病院長をはじめ、医療関係者や国会議員が意見を交わした。この討論を踏まえて、参加者約500人と共に「3.11宣言」が採択された。「私たちは備えます」「私たちは動きます」「私たちは求めます」として、東海地域で予想される大震災に備え、市民と医療機関が早急に活動を開始することを誓い合ったものであり、今日災害時地域医療体制づくりの羅針盤となっている。

 


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a_4平成24年2月5日、安城市医師会長からの働きかけではじまった、「災害時の医療救助に関する検討会」は、安城市歯科医師会、同薬剤師会、そして安城更生病院、八千代病院と、安城市の関連機関を巻き込み、大規模災害発生時の医療救助体制づくりについて話し合いを重ねてきた。
同年12月27日には、災害時の医療救助に関する6者間の協定書調印式が、安城市役所市長応接室にて行われた。
この場で同時に市長より災害医療コーディネーター(統括1名・地区2名)が任命された。
さらに平成25年11月16日にはマニュアルの検証を兼ねた安城市総合防災訓練が実施される。


 

住民本位の医療救助体制を誇りに。

kamiya東日本大震災の現地へ出向かれた当市の医師たちが、その実体験を基に、この地域にふさわしい、大災害時のあるべき新たな防災構想を立ててくださいました。
南 海トラフ地震が発生した場合にも、医療救助の分野では医師会、歯科医師会、 薬剤師会、 安城更生病院、八千代病院の方々が前面に出て活動されますが、我々としては市役所に設置される災害対策本部で集約したさまざまな被災状況、傷病の発生状況 などを逐一医師にお知らせし、また必要な資材・設備を整えて、支援体制を充実させたいと考えています。他の自治体に先駆けて、このような住民本位の医療救助体制を整えられたことを誇りに思います。

安城市 市長
神谷 学


 

安城市の事例をモデルにより広域連携へ。

urata大災害に対応するためには、医療機関や行政だけではなく、消防や警察、自衛隊や海上保安庁、さらには公共輸送機関なども含めたより広範なネットワークが必要不可欠です。さらに災害の現場に立つこれらの実務者がお互いに目的や意思を共有して、密接に連携することが重要です。安城市において、1年半かけて形成されてきた、このような緊密な医療救助ネットワークをモデルとして、県内各二次医療圏ごとに、地域の事情や特性を考慮したネットワークが構築され、さらに県全体として機能する連携システムとして統合されることができれば、さらに強固で万全の広域医療救助体制が整うものと確信しています。

 

安城更生病院 院長
浦田 士郎


 

日頃のコミュニケーションの積み重ねを。

yachiyo当院は安城市北部地域をコーディネートする病院として、災害医療救助の一翼を担うこととなっています。我々のもとには、5つの医療救護所の内の2つが傘下に収まり、この医療救護所に対して当院に参集した安城市医師会医師・看護師などを派遣することになります。当院では災害時を想定して、井水を用意し、万一市水が停止した場合も、水の供給ができるようにしています。また現在、病棟の増築工事中ですが3日分の備蓄スペースを設けます。
日頃より、行政、医師会、安城更生病院などと緊密なコミュニケーションを心がけるなかで、住民の意識喚起などにも力を入れていきたいと考えています。

八千代病院 院長
弥政 晋輔


 

町内会などで一般市民にこの意義を伝えたい。

fujii阪神・淡路大震災後に作成した防災マニュアルがあったのですが、東日本大震災を目の当たりにして、このままでは限界があると痛感し、指揮系統の一元化、医療資源の効率活用などを盛り込んで、新たなマニュアルづくりに取り組みました。これまでも、市役所と医師会、市役所と病院といった個々の防災協定はあったのですが、私としては市全体が一体となって動くことにこだわりました。これを1年半前からスタートした6者と消防・警察を加えた検討会で、顔を突き合わせて議論しながら、まとめていくことができました。これからはこの取り組みを小さな町内会一つひとつへ出前講座のような形で地道に広げていきたいと考えています。

 安城市医師会 会長
藤井 康彰


 

身元確認や歯の応急措置に対応します。

ohmiたとえば、平成6年の中華航空機墜落事故や平成7年の阪神・淡路大震災で、私たち歯科医師は、不幸にもお亡くなりになられた方の歯型照合による身元確認に対応いたしました。
また災害で入れ歯をなくした高齢者の方、崩落などで歯が折れた方などへの対応も私たちの任務です。避難所生活では健康な歯があって食事が摂れるというのはとても大切なことなのです。ただ現実的には医療救護所では応急措置しかできません。本格的な治療には診察台とレントゲンが必要になりますから。
今回の安城市の6者検討会に参加させていただき、さまざまな専門分野の方々と連携して、我々としてできる限りのことをしたいと思っています。

安城市歯科医師会 会長
大見 享平


 

医療関係者の横の繋がりが大切です。

yamaguchi災害時には被災者優先の治療となり、慢性疾患の方の薬剤が後回しになるケースが増えます。このため、処方箋を受け付けた記録やお薬手帳があれば、処方箋なしで調剤しても良いことになっています。また、被災地には全国から救援物資として多くの医薬品が届きます。これらをより分けて整理し、必要に応じて医療救護所、医療救助にあたる方に提供する、これも災害時の薬剤師の重要な役割です。こうした取り組みを、私たち薬剤師会では医師会、歯科医師会、安城更生病院、八千代病院、行政の方々と手を結んで進めていくことになります。医療従事者の横の繋がりが非常に重要になってくると思います。

 

安城市薬剤師会 会長
山口 佳久


 

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安城市の災害医療救助体制は、医師会、歯科医師会、薬剤師会、安城更生病院、八千代病院、および市関係機関で構成される組織によって運営される。
その医療部門のトップに立つのは医師会長が参集する災害対策本部である。
ここから発信される市の被災状況に関する情報を受け、災害医療統括コーディネーターが刻々と変化する被災状況に対して、適切な判断のもと指令を出す。その司令を受けて、人命の救助にあたるのは、強固な横の繋がりで結ばれた医師、歯科医師、薬剤師、看護師らである。

 

警戒宣言発令

 

医師会長・医師会副会長が市役所災害対策本部の任務に着任。
市の災害対策本部における決定事項などを災害医療統括コーディネーターに連絡する。
同コーディネーターは安城更生病院、八千代病院の被災状況やライフラインの確保状況を確認し、病院職員の参集を求める。
市内の参集可能な医療従事者は、安城更生病院、八千代病院に参集。
両病院では外来診療を休止し、食糧などを備蓄品に切り替え。

 

発災後 6時間まで

 

災害医療統括コーディネーターは、被災状況から医療ニーズを分析し、医療救護所を設立。両病院に参集した医療従事者を医療救護班に編成し、各救護所へ派遣。
また、各救護所における重症傷病者を他地区の医療機関へ搬送。
医師会などの会員は、同コーディネーターの指示に基づき、救護所などにおいて医療活動を実施。
トリアージ、救急処置、搬送指示、搬送を行う。
同コーディネーターへ状況報告。

 

発災後 24時間まで 

 

全国から参集してきたDMATチームとのブリーフィングを開始。DMATチームを編成して、各救護所に派遣。時間の経過により、新たに判明した市内の医療ニーズの再検討、分析を行い、各救護所のライフライン確立や医療資機材の確保をめざし、追加発注品などをリストアップ。

 

発災後 24時間~

 

 災害医療統括コーディネーターは、DMATチームによる、各救護所での24時間支援体制を整備する。
各避難所におけるライフラインの確立をめざす。
また避難住民の衛生状態、健康状態などを把握し、感染症予防活動を展開。
両病院では引き続き、各救護所との診療連携。

 

発災後 72時間〜

 

状況を冷静に分析しつつ、一部可能なところでは平常活動を再開する。
感染症予防や健康管理のため、保健師が活動を開始。
また救援物資の管理・分配など。

 

発災後 4日以降

 

発災後4日後には、安城市内の医科・歯科の診療所、薬局は再開をめざす。
状況を見ながら発災後8日後には各救護所の収束を検討。
保健師が市内の避難所を巡回し、健康相談や健康教育を実施。
市災害対策本部と亜急性期の対応策を検討。


 

どこで、誰が、どのように対応するのかをおおまかにまとめたものです。
※あくまでも緊急時の対応想定であり、このとおりにいかない場合もあります。


 

 

Column

東日本大震災発生当日、偶然、石巻赤十字病院に居合わせた当地域のDMAT隊員。

 

a_5医師事務業務の先端事例を視察するため、平成23年3月11日安城更生病院から石巻赤十字病院へ向かった医事課職員4名がいた。その内の秀野功典は、DMAT隊員でもあり、石巻赤十字病院到着後、14時46分に発生した地震の状況を病院内広報誌で克明に報告している。
地震直後の様子、石巻赤十字病院の冷静な取り組み、また全国から参集した日赤救護班、DMAT隊員の活動などが描かれている。
秀野は、DMAT隊員である素養を活かして、日赤救護班とのコミュニケーションから、さまざまなことを学ぶことができたという。さらに、災害対策本部の立ち上げから一部始終を体験できたことは、今後のDMAT活動や災害医療救助活動、あるいは南海トラフ地震などにおいて安城更生病院が担う役割を擬似的に体験できたとも言う。彼の貴重な体験が、安城市の災害医療救助により多く活かされることを期待したい。

 

 

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配置

安城市をJR東海道本線を境として北部と南部に分け、それぞれ八千代病院、安城更生病院を基幹病院として位置づける。 この両病院に参集した医療従事者が、医療救護班を編成して市内5カ所の医療救護所に派遣される。
また市内に53カ所の避難所が設けられる。

 

 

基幹病院

 

北部地区を八千代病院、南部地区を安城更生病院(地域中核災害拠点病院)が担当する。

 

医療救護所

 

これまで公民館に設置されていた救護所では、充分な医療が提供できなかったが、ここでは最小限の医療資機材を用意し、派遣された医療救護班によって、災害時医療を提供する拠点となる。
また、この医療救護所で手術やより高度な医療が必要かどうかが判断され、必要に応じて、両病院へ搬送される。
北部では安城北部小学校、安城北中学校。南部では安城南中学校、桜井中学校、丈山小学校が医療救護所に指定されている。

 

避難所

 

市内に53カ所設置。
医療救護所とは明確に役割を分担し、とりあえず、治療を受ける必要がない住民の避難場所として設置されている。

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昨年から、1年半をかけて練り上げられた災害時医療救護計画を検証するための総合防災訓練が11月16日に実施される。a_10
今回は5カ所の医療救護所の一つとして指定されている安城北中学校を舞台に、震度6弱の地震が午後1時30分に発生し、「避難所へ多数の傷病者が避難している」との市災害対策本部の情報にもとづき、災害医療統括コーディネーターの指示のもとに医療救護所を設置し、医療救護班を派遣して、救護活動を展開するという想定である。

 

 

a_13訓練の目標は、安城北中学校に設置されたトリアージエリアと応急処置エリアを使用して、安城更生病院から派遣される医療救護班と八千代病院から派遣される医療救護班が、それぞれ活動を行い、その実際の活動においてどのような問題が起きるかを検証する。
ここでは、単にスキル向上のための訓練という意味合いだけではなく、実際に医療救護所を立ち上げ、傷病者の受け入れ準備がスムーズに進行するか否か、その実働を検証し、その使い勝手や課題を確認するための訓練でもある。a_11
さらに災害時の情報混乱、錯綜という事態を想定して、医療救護所と南北各地区医療コーディネーター、あるいは災害医療統括コーディネーターと南北各地区医療コーディネーター間の通信、情報連絡の実際も検証される。
また、あえて混乱を仕掛けるプログラムを内密に用意し、その場でどのような対応ができるかについても検証する。これまでの決められたプログラムに沿って、粛々と進められる防災訓練とは明らかに違うものにしたいと関係者は意気込む。
a_12今後も順次医療救護所での訓練を行い、市民へのアピールにも役立て、市民が市全体の災害対策に連動して、「自助」の精神にめざめることを期待したい、という。

 


 

 

自分を救うのは、自分。

a_14東日本大震災の例を見ても、発災から7日間経つと、物流・交通インフラなども回復して、救援物資なども用意されるようになる。つまり、この7日間、自助で持ちこたえることができるかどうかが問題。このため、備蓄は最低でも7日間分を想定したい。水なら1日一人3リットルは最低限必要だから、21リットルが目安。食糧も7日間分を。また温かい飲食物は免疫力の維持に効果的。カセットコンロなどもあるといい。情報通信のための携帯電話と充電器も必須だろう。自分で自分を救う「自助」の取り組みを、早速今日から始めてほしい。

 


 

 

BackStage

私たちは忘れない3.11を。
そして、そこから生まれた貴重な一歩に、敬意を表す。

 

「未曽有」という言葉で表現された東日本大震災。発災直後、そして、津波が押し寄せる過酷な状況が未だ眼に焼き付き、また、今なお続く被害の深刻さに心を痛める人は多いであろう。中日新聞「LINKED」では、壊滅的な被害を受けた宮城県石巻市に、発災から2カ月後の平成23年5月、取材班を送った。そこで強い印象を受けたのは、震災からわずか1カ月前に任命されたという、石巻圏の災害救護活動を束ねる災害医療コーディネーター(医師)の存在である。
「東日本の過酷な体験を教訓にして、私たちの地域でも強固な災害対策が必要」と、大震災が他人事ではない東海地区の人々は考えたであろう。だが実際には、地域の災害対策が大きく見直されたという事実は多くはなく、また一方で、あの教訓が風化されつつあることも否めない。
そうしたなか、安城市に災害医療救助体制が整えられたことに、中日新聞「LINKED」は心から敬意を表したい。市や医療機関、医師会、歯科医師会、薬剤師会の決意を、住民がしっかり受けとめ、そして、自らも参加する。そうした動きとなり、東海地区における一つのモデルとなることを期待したい。

 

 

 Special Thanks to

 

アイシン・エイ・ダブリュ

株式会社マキタ

碧海信用金庫

JA共済

JAあいち中央

山崎製パン株式会社

鹿島建設株式会社

株式会社久米設計