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医師不足、救急の弱体化、慢性疾患中心の医療…。
疲弊していた大同病院を蘇らせたのは、
病院総意の「決断」である。

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Episode 01 /

「救急がこの病院を救う」
小谷院長は救急の拡充に向けて立ち上がった。


925414.jpg 平成元年に大同病院に外科医として入職し、以来この病院を見続けてきた院長の小谷勝祥は、当時の大同病院を振り返って言う。“静かで人間的な環境ではあったが、さまざまな問題が未解決のまま山積していた”。“病院を取り巻く環境は日増しに変化しつつあった”。“医療制度改革の議論が高まり、かつて盤石と思われた病院存立の基盤が大きく揺らぎ始めていた。病院は自ら進む道の決断を迫られる時代だった”。
 小谷は、「もはや救急をしっかりしなければ、病院の経営は成り立たない」と考えた。
 手始めに小谷が取り組んだのは、全職員が一致して取り組む救急体制の構築である。まずは救急車の搬送台数のデータ収集にあたった。月に100台を超えることは稀で、少ない時は60~70台。一晩に救急車のサイレンを聞くことが、1度、あるいは2度。この惨憺たる現状の裏側には、当直の医師が救急を断っていたという現実があった。月に100台の救急車が来るとすると、その倍以上の患者を断っていたのだ。病院改革の第一の使命は、まずは「救急を断らないこと」だった。
 とはいうものの、医師の数が足りない、現実的に対応できない場合もある。医師たちは「救急患者を断らない」という新しい方針になかなか納得しなかった。そこで小谷は全科待機制、つまりオンコール体制を敷いた。どの診療科の患者が来ても、迅速な対応ができ、当直医は専門外の患者に関して、専門の医師に判断を仰ぐことも可能になった。更に薬剤師、検査技師、放射線技師、医事職員を含め全員参加の体制を整えた。地域かかりつけ医との機能分担も進めた。
 徐々に救急搬送数は増え、救急隊からも同院の救急対応能力が評価されるようになった。当然、入院患者が増え、手術件数が増え、医師たちの努力が数字に表れるようになり、また病院は、医師が医療を通して地域に貢献できるように職場環境を整備した。大学医局からの信頼は目に見えて増し、それは医局からの医師派遣に結びついていった。

Episode 02 /

さまざまな取り組みが、すべていい方向に向けて回り始めた。

925344.jpg 小谷院長は、「中核医の存在がキーだ」と言う。大同病院の中核となりうる優秀な人材の採用に努めていた。その成果が結実した。折から新しい臨床研修医制度の下に、研修指定病院となり、大同病院が採用していた優れた医師たちが指導医として、研修医の指導に力を振るった。
 やがて研修医は、後期研修医として活躍し、各診療科は良い循環ができ上がってくる。医師は増えていった。今から10年ほど前、医師数は約35名。それが倍増、現在は約80名を数える(平成24年10月現在)。
 小谷自身が、「特異的」と認める大同病院の“小児救急”。三次救急を手がける病院でさえ、小児科はネックになる場合が多い。また、全体的にみても小児科医の絶対数が不足するなか、大同病院は、小児科が不採算部門であったときから、地域での必要性から計画的に継続発展させてきた。その結果、多くの小児科医師が参加することにより、24時間365日の小児科医師常駐体制が整った。
 優秀な医師が中核となって、良い循環ができ上がっていく、まさにそのパターンであった。今や大同病院の小児救急は、この地域において、大きな存在感を持つに至った。
 さらにDPC(※)参入という決断が、あった。
 DPCは医療費削減を狙って、国が医療の質の評価に踏み込んだものだが、小谷は患者への利益に着目した。一つは患者にとって必要かつ十分な質の高い医療である。また、病院にとっても急性期医療の安定化を図ることができた。DPCの参入によって、20日前後であった在院日数も、徐々に減少し、現在では9日までに短縮化された。

※DPCとは、従来の出来高払いではなく、厚生労働省が定めた1日当たりの診断群分類点数をもとに、入院患者の医療費を計算する定額払いの会計方式。

Episode 03 /

民間病院として生き残ってきた、
そのプライド、そのDNAが蘇る。


925341.jpg 大同病院は、平成23年4月愛知県の認可を受けて社会医療法人としての新たなスタートを切った。地域の医療機関としての高度な医療レベルと、救急医療などの公益性の高い医療を担うという使命が与えられている。人材育成への地道な努力、小児救急の拡充などが総合的に評価されての社会医療法人であった。
 この社会医療法人となった経緯について、小谷は医師、職員の意識の高さを挙げる。それはひとえに患者に対するサービス精神であり、それこそは、かつて民間病院として危機を乗り越え、大同病院が発展し続けてきた原動力であった。
 たとえば大同病院では、最新の医療機器が医師、職員の要請により比較的スムーズに導入される。つまり「現場」の声を最大限に聞き入れて、医療の高度化を図ることが、当たり前になっているのだ。内視鏡検査件数は、大病院に匹敵するが、この件数の増加に寄与しているのは、患者の要望に応じて、一刻も早く検査をしてあげたいという職員たちの意識だ。普通なら2週間も3週間も待たされる病院が数あるなか、大同病院は1週間以内をメドに努力する。それは時間外の勤務も厭わない職員たちの熱意が支えている。
925114.jpg さまざまな判断が、きわめてシンプルに、素早く行われる。患者にとって必要かどうか、その判断のスピードもまた、大同病院の今を支えている。
 民間病院として補助金に頼ることなく、必要なものを厳選してスピーディに導入し、しっかり活用することで患者に還元する。そうしなければ生き残れなかった、そうして生き残ってきた歴史のDNAなのだ。

Episode 04 /

医療はサービス業である。
あくまでも原点にあるのは、患者と向き合う心。


925218.jpg これからの大同病院は、さらに救急医療を高度化していくことを目標としている。名古屋市南部に、質の高い救急医療を提供する拠点としての拡充をめざしつつ、これまでどおり、急性期医療を中心とした地域医療連携拠点をめざす。
 今後とも地域に対して「断らない救急」をめざし、質の高い医療を実現するために人材を確保し設備投資を行っていく。民間ならではの強みを活かし、老人保健施設、介護サービス事業所、在宅支援にも力を入れていく。その基盤にあるのは、サービス業の精神である。
 小谷は、言う。
 「大きな病院と比べて、たとえば設備とか、診療科とか、あるいは医療の質だとか、目立った違いはないかもしれません。ただ、私たちは医師、看護師、職員のすべてが一丸となって、患者さんに本当に満足してもらえる医療をめざしています。患者さんの目線で考え、行動する。特別なことをするわけではない。当たり前のことを当たり前に続けていくだけです」。
 「当たり前」のなかには、当然、医師、看護師、職員の人間的な成長や医療倫理の徹底が含まれる。患者と接する際の、人間的な、気持ちを込めた対応。次代の大同病院を考えるとき、あくまでも原点にあるのは、患者と真摯に向き合う心にほかならない。
 大同病院では、社会医療法人として更に地域医療に貢献するため、築40年経過したB病棟などの建替えを決定している。平成26年度初期の稼働予定であるが、急性期病院機能の充実、救急センターの移転・機能拡充及び災害対応力の強化を図る。「新しく生まれ変わる」大同病院から今後も目が離せない。

COLUMN /

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●現在、医療現場では女性医師の割合が増加し、大きな存在感を持つに至っている。しかし、女性医師が男性医師と肩を並べて生涯働く環境がどれほど整備されているのだろうか?

●そのなかで大同病院の取り組みは傑出している。保育施設や託児所の完備、週4日常勤制度(週4日間でフルタイムに準じた処遇)など、子育てをしながら、家庭と両立させながら女性が医師を続けていくことのできる環境を整備している。

●その根底にあるのは、杓子定規に制度を当てはめるのではなく、お互いの事情を認め合いながら、理解しあって協力していこうという姿勢。小児科はとくに女性医師の比率が高い。こうした雰囲気が大同病院に優れた医師の集まる要因の一つになっているのだろう。

BACK STAGE /

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●公立病院の経営悪化、あるいは閉鎖が社会問題化している。地方自治体の財政難と連動するケースも多く、高コスト体質やサービス業としての認識不足などが原因として指摘されている。総務省は2007年に「公立病院改革ガイドライン」を作成。病院の統廃合や、経営統合する自治体病院のみへの財政支援など、厳しい指導を行っている。

●また一方で、国として、民間病院でも社会性、公益性の高い病院については社会医療法人として法人税の免除などを含めた積極的な優遇策を与えることとしている。社会医療法人は、自治体病院民営化にあたって、その遊休病床の優先割り当てや、公募の際は一般医療法人よりも優先されるなど、自治体病院倒産後の受け皿として期待されている。


ACCESS /

大同病院
〒457-8511 名古屋市南区白水町9
TEL 052-611-6261
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