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病院経営の門外漢が、常識の枠を突き破り、
70億円もの累積赤字を抱えた自治体病院を救った。

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Episode 01 /

新臨床研修医制度が自治体病院を危機に陥らせた。

12-0208.jpg 平成16年、新臨床研修医制度が始まった。この制度が始まったことにより、医師資格取得後の医師は任意の医療機関で研修ができるようになった。しかし、この制度には思わぬ副作用があり、大学医局の医師不足と研修医不足を引き起こしたのだった。その対処のため、大学病院は、他の病院に派遣していた医師を強引に引き上げにかかった。とりわけ、強い発言力をもたない自治体病院はこれに抗することができず、多くの医師が引き上げられた。
 松阪市民病院も例外ではなかった。地域で唯一の自治体病院だった同院は、格好のターゲットになった。多くの診療科から、計11人もの医師が引き上げられる事態となった。さらに医師引き上げによる診療科の閉鎖も伴い、最終的な医師の数は、元の46人から31人へと大きく減少。診療科も、産婦人科、小児科、脳神経外科、耳鼻咽喉科、神経内科が一時的に閉鎖に追い込まれた。
 市民病院そのものの存続を危ぶむ声すら聞こえ、まさに病院崩壊の危機を迎えていたのである。「自分の力量では如何ともしがたい」。小倉院長は出勤するのも気持ちが重くなるほど落胆した心境で、日々を過ごすことになった。
 それでも、黙っているわけにはいかなかった。小倉院長は大学医局をまわり、医師の引き止めを懇願した。しかし、大学医局は非情だった。彼らは『松阪市民病院に残った医師を、他の二つの病院に振り分ければ、もっと充実した診療ができる』と判断したのだ。小倉院長の奔走や必死の請願も、成果は得られなかった。
 それでも、なんとか日常診療に支障をきたさないよう、大学からアルバイトとして医師を週に数回出してもらうことになったが、それも有効とは言えなかった。また、元々いた3人の医師全員が引き上げた産婦人科では、近隣の開業医を招き、現在もその医師が診療を続けている。そのような地域医療機関の協力なしには、診療すらままならなかった。
 小倉院長としても、忸怩たる思いだった。ただ、座して待つことはできなかった。

Episode 02 /

残ったスタッフが働きがいを感じられる環境を
作ることこそが院長の務め。

12-0054.jpg 以前と変わらない医療を、少ない医師で行っていかなければならず、医師の負担は増大した。激務に耐えかねて「もう僕にはできません」という悲鳴にも似た声が出るほどだった。小倉院長は残された医師たちの負担を減らすため、救急当直を減らすことを思いつき、外部から応援を招聘することにした。いくつかの病院から医師が派遣され、残った31人の医師の負担は軽減。外来と入院に、集中して取り組める環境が整った。
 次に行ったのは、健診業務の移管だ。平成22年に健診業務を、地元医師会に移管したことで、医師は本来の業務により注力できるようになった。移管にデメリットが無いとはいえないが、小倉院長は医師を助けるためのメリットを取った。この発想は、後の臓器別のセンター構想にも繋がっていく。
 また、医師の過酷な状況かつ低賃金という問題の解決に動いた。平成20年、成果主義の導入に踏み切った。先駆けとなったのは、「常勤医師に対する人事評価による勤勉手当」である。評価はすべてプラス評価とした。置かれた状況を考えると、インセンティブが必要だったのだ。
 看護師の離職状況も深刻だった。平成23年からは看護師にも評価制度を導入。成果主義によって、看護師のモチベーションはあがり、意識改革が大きく進んだ。
 さらに小倉院長は、赤字続きだった財務体質の改善にも着手した。平成19年の電子カルテの導入と、平成20年4月のDPC(診断群分類包括評価)への参入が転換のきっかけとなった。さらにDPCのノウハウ不足を補うため、経営アドバイザーとして、先駆的にDPCに関わってきた自治体病院の前院長を迎え入れ、DPCの順調な運用が始まった。


Episode 03 /

徹底した効率化が公務員的体質と言われた
自治体病院に新たな風を吹き込む。

12-0033.jpg “自治体病院は総合的な病院であるべき”という認識を、おそらく市民は持っていた。そのなかでも小倉院長が取ったのは、必要な部分にのみ注力する「選択と集中」の路線。それにより、従来の自治体病院には見られないメリハリの効いた経営が実現したのである。これに限らず、小倉院長は自治体病院の常識に立ち向かってきた。自治体病院という、極めて非効率かつ保守的な組織に風穴をあけた。
 平成22年4月からは、経営部門の改革のため、病院の経営戦略を総合的に企画、立案する「総合企画室」を立ち上げた。病院経営の戦略を迅速かつ的確に立案、遂行することにより、自院の生き残りを図っていく体制を整えた。
 着実な積み上げと、人にフォーカスした改革は、沈滞した自治体病院を劇的に蘇らせた。但し、これらの変化は、魔法のように一瞬にして起こったものではない。小倉院長は平成13年の赴任当初から、着実に下地を作ってきたのだ。
 院長として赴任してきた当時の松阪市民病院は、赤字を含めて沈滞したムードが漂っていた。職員が元気にならないと何も始まらないと考えた小倉院長は、FM三重に夕方の5分間番組を設けた。この番組で医療スタッフがそれぞれに想いを語った。これを1年間続けたことで、職員たちが上を向き始めた。
 平成15年には、看護部の充実が極めて重要であるとの考えから、新看護部長を公募で選出。三重県下の自治体病院では初めてのこの試みが、以後の病院再生のための、一つの大きな起爆剤となった。


Episode 04 /

劇的に甦った松阪市民病院の次の一手は。

12-0159.jpg 医療機関として再生するために、医師、看護師、コメディカルのスキルアップや医療専門知識の向上は不可欠だった。現在では看護師、コメディカルは、対外的な活動や研修にも、積極的に参加する姿勢が際立つようになってきている。全国自治体病院学会への発表演題は県下の自治体病院で最も多く、臨床検査技師の1人が最優秀演題として表彰もされている。また、研修医には国内留学の制度を用意した。彼らが松阪市民病院へ帰ってくることで、即戦力として働いてもらえる仕組みになっている。
 病院経営の健全化は、医療スタッフの人材確保や定着率にも好影響を及ぼしている。職員やコメディカルの意識も変えた。各部署のコメディカルから、経営改革に参画しようという動きが出てきた。それは医師に頼りきっていた従来の体質からの脱却だった。病院としての一体感や帰属意識も醸成されてきた。


12-0008.jpg このような成果を得て、小倉院長は「今後の経営戦略の重要課題は、内科系、外科系の枠を取り除いて、効率的に治療を行うためのセンター化構想だ」と言う。すでに平成24年6月には、『呼吸器センター』を設立。設立からまだ間もないが、肺がんの症例数は三重県下第2位となるまでに急成長している。次は、『消化器・内視鏡治療センター』の立ち上げ準備を進めている。
 また、一般急性期の病院として、退院後の患者がどこに行っているのか、どのような生活をしているのかを把握する義務を果たすため、今後は、訪問看護ステーションが急性期の病院と、そこから退院した患者さんの橋渡しの役割を担うと考え、その充実をめざしている。
 現在、医師は研修医7名を含め47名と、ほぼ元の数を取り戻した。経営体質を改善したことで、職員たちの活気も甦った。さらに最悪期の平成17年度を底として、赤字は年々縮減し、平成21年度、22年度は黒字を実現した。
 小倉院長の仕事は終わらない。みごとに甦った松阪市民病院の基盤をさらに盤石のものとし、地域全体の医療に貢献する新しい松阪市民病院を築く日まで。


COLUMN /

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●「リーダー」とは何だろうか? 松阪市民病院を今日の姿に変えた小倉院長は、「リーダーとしての心構えについて」と題して、職員にメッセージを伝えている。

●1コミュニケーションを大切にする2自発的な行動を促す 3患者さんのニーズに敏感であれ! 4熱意と行動力 5危機を乗り越える行動力 6弱点を認識することから、人材確保のアイデアが生まれる7ピンチをチャンスに変える仕掛け8信念と決断力 9前例や慣例を打ち破る突破力 10病院経営の健全化がやる気を引き出す 11冷静な判断力

●リーダーは、何かをしなければならないと考えたとき、まずは自らが立ち上がり、周囲(組織)に働きかけていかなくてはならない。そしてめざす方向、目標を示し、なおかつ、優先順位や基準を決める。さらに必要なことは、それを維持することである。小倉院長はまさにその体現者と言えよう。

BACK STAGE /

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●従来、自治体病院は、融通の利かない公務員気質などといわれ、“前例や古い体質”に取り囲まれてきた。何か取り組みをするにも、その都度、行政に許可を求めなければならず、その煩わしさもあり、なかなか新しい取り組みを手がけようとする者が現れにくいという状況は、今でも見受けられる。

●小倉院長が、その壁を突破して、次々と革新を起こすことができたのは、その忍耐力と用意周到さ、そして何より熱意があったからだろう。また、患者のニーズを読み取り、どうすればより快適に病院を利用してもらえるのか、常に考え、利便性を高める取り組みを行い続けた。それらによって、松阪市民病院は、従来の自治体病院から抜け出したのである。


ACCESS /

松阪市民病院
〒515-8544
三重県松阪市殿町1550
TEL 0598-23-1515(代表)
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