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医療事故の水際で患者の命を守る。
「医療の質・安全管理部」の闘い。

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Episode 01 /

不測の事態に病院が速やかに介入し、患者の安全を確保する。

200217.jpg ある日、手術中に点滴が漏れて患者の足が紫色に腫れ上がるトラブルが起きた。そのまま放置すれば、血流不全になって壊死を起こす。コンパートメント症候群が心配される。対処が遅ければ足を切り落とさなければならない。しかも、患者は子どもである。想定外の出来事に、手術室は言いようのない緊張感に包まれた。手術室から報告を受けた「医療の質・安全管理部」 の長尾能雅医師(教授)は、直ちに整形外科と皮膚科、そして薬剤部のセーフティマネージャーに連絡。整形外科からこの疾患に詳しい医師が現場に駆け付け、すでに現場に到着していた形成外科医と即座に切開術を施し、血流を再開通させた。皮膚科の医師は患部の炎症に対応し、薬剤師は漏れた薬液の安全性に問題がないか成分を調べ、現場へ報告した。各専門職の迅速な連携プレイにより、大事に至ることなく、患者の手術は終わった。
 この緊急対応こそ、名大病院が今、全力を挙げて取り組んでいる医療安全管理システムだ。医療の質・安全管理部は、長尾医師を含め専任医師2名、看護師2名、事務職員6名、そして弁護士1名の体制。医療事故が発生すると、ここに報告が入り、各診療科、部署ごとに1名ずつ選任されたセーフティマネージャー(医療安全管理の委託責任者)へサポートを依頼する仕組みができ上がっている。
 このシステムの最大の特徴は、事故発生時に院内のベストメンバーで対応することにある。病院としてレスキュー隊を結成し、客観的な視点から最善の治療に取り組む。もう一つは、リアルタイムな報告だ。「有害事象の抽出だけなら、カルテを見たり、死亡事例を調査すればできますが、それでは“時すでに遅し”なんです。第一発見の段階で報告があれば、連携のチャンスが生まれます」と長尾医師は強調する。その言葉を裏付けるように、セーフティマネージャーには「有害事象発生時に、率先して治療に関わること」を義務づけている。約120名のセーフティマネージャーのうち、医師が全体の4割を占める。

Episode 02 /

インシデント報告件数は名大病院の透明性を示す。

 名大病院ではこれまでも「医療の質・安全管理部」を中心に、院内の安全管理に邁進してきた。その歩みのなかでも、専従教授のポストを用意して、病院長補佐職として長尾医師(教授)を招聘したことはエポックと言えるだろう。それまで長尾医師は京大病院で5年半、医療安全管理の改革に取り組み、その手腕を見込まれての起用だった。いわゆる期限付きの寄附講座ではなく、講座を新設したいという申し出に、長尾医師は「名大の本気」を感じ取ったという。
 医療安全学の講座開設は、それまで業務としての色彩が強かった「医療安全」を臨床・研究・教育のステージへ押し上げることを意味する。単に医療安全のための改善活動という“トレンド”ではなく、院内に医療安全文化を根付かせようという、まさに本気の決意の表れだった。
 この名大病院の決意は、ほどなく全部門のすみずみへ行き渡った。長尾医師の就任から1年余りで、インシデント報告件数は1割増の約9000件となり、特に医師・薬剤師・技師など、看護師以外からの報告が増えた。インシデントとは、スタッフがヒヤッとした事例やトラブルを指す。この数字は、治療ミスの多さを示すものだろうか。「いえ、そうではなく、反対に名大病院の透明性の高さを示す誇るべき数字だと思います」と長尾医師は手応えを実感する。

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Episode 03 /

医療事故による死亡者は全国で年間4万人。

733023.jpg 日本で医療安全の必要性が叫ばれたのは、2000年前後に起きた医療事故のビッグバン(大爆発)が契機だった。国内の大きな病院での患者の取り違えなどによる死亡事故が相次いで報道。厚生労働大臣による医療事故対策緊急アピールが発出され、全国の病院で安全管理対策が強化された。
 当初は、どちらかというと医師の関わりは消極的で、何か問題が起きても、医局内、あるいは診療科内で解決するという閉鎖的な雰囲気があった。そのため、主に看護師が中心となって安全管理活動を進め、ダブルチェックや指差し呼称など基本的な確認行動の徹底に主眼が置かれた。この背景には、「医師の指示は適切だが、スタッフのケアレスミスで事件が起きる」という考え方があった。
 しかし、「ケアレスミスの改善のみでは本質的な医療安全は確立できない」というのが、長尾医師の考えだった。「1000床規模の病院が1年間医療行為をすれば、それに伴って1000程度の新しい疾患が発生し、うち50件は相当重大な事例です。医療はそれぐらいリスキーな行為なのです。その把握と自覚からスタートしなければ、リアリティのある医療安全体制は構築できません」。
 実際、米国では年間10万人の患者が医療事故で死亡すると言われる。日本においても、医療事故による死亡者は年間4万人程度と推計されている。日本人の3大死因(がん・心臓病・脳卒中)はよく話題に上るが、この数字は死因の第5位に匹敵する。
 医療の進歩に伴い、新しい治療法が取り入れられれば、同時に未知のリスクも発生する。だからこそ、最優先すべきは医師の意識改革とインシデント報告である。長尾医師は報告と治療のための連携を徹底して呼びかけることで、医療安全の抜本的な改革を実践している。そしてそれらは医療の質向上に直結するものである。


Episode 04 /

病院から地域へ医療安全ネットワークを広げていく。

131021.jpg この1年余りでさらなる進化を遂げた、名大病院の医療安全管理体制。しかし、「医療の質・安全管理部」が掲げるビジョンは院内改革だけにとどまらない。「ゆくゆくは病院が軸になって医療事故に対応するための連携を地域に広げていきたいと考えています。病院ではチーム医療の総力戦で解決できる問題も、中小の医療機関ではそうはいきません。たとえば、眼科の治療中に肺の事故が発生したり、肺の治療中に耳の問題が生じることもあります。だから、我々と地域の医療機関が連携し、医療安全のネットワークを作って市民を守っていくべきだと思います。そのためには地域での事故検証、改善の仕組みづくりや、産学の連携も必要と考えています」(長尾医師)。
 大学病院から地域へ医療安全のネットワークを広げるには、コストも必要だ。「医療事故は個々の施設の努力に委ねられるべき」という発想から一歩前進し、地域連携のなかで取り組んでいく。そのためには、社会が医療安全の重要性を認識し、社会全体でコストを負担し体制を整備していくことが、求められている。今、問われているのは、社会の本気度かもしれない。


COLUMN /

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●2000年前後に起きた、医療事故報道の急増を“医療事故のビッグバン”と呼ぶ。名大病院においても2002年8月、腹腔鏡手術中の大動脈損傷による死亡事故が発生。マスコミに大きく取り上げられ、社会問題になった。当時の二村雄次院長らは、記者会見で「逃げない・隠さない・ごまかさない」姿勢を明確に示し、医療事故調査を外部委員主導で進めていくことを決定。その情報を適宜メディアに公開していった。

●この客観的でオープンな事故調査は当時、画期的なものだった。「名大型調査」とも呼ばれ、一つの調査モデルとしても注目された。事故そのものは決して繰り返してはならないものだが、それを真正面で受け止めて、事故から学ぶ姿勢はまさに医療界の模範となるものだった。その後も「逃げない・隠さない・ごまかさない」は、同院の院是として脈々と受け継がれている。

BACK STAGE /

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●医療の安全を考えたとき、思い当たるものがある。東日本大震災での福島第一原発事故である。絶対に安全と言われていた原発への信頼は、自然災害の前にもろくも崩れ落ちた。加えて、住民の不安に配慮してか、発表や対応が後手に回り、被害を拡大させた。こうした事故後の対応にも多くの問題点が指摘されている。

●医療においても、安全神話はない。常に膨大なリスクのある領域で、それを前提に仕組みを作らなければならない。医療界のなかには、「自院の失敗を露呈するのは市民の不安を煽るだけだ」という批判的な意見もあるが、しかし、「隠す」ことは住民を守ることに繋がらない。「不安を与える、影響が大き過ぎると思ったことこそ、伝えなければならないと常に意識している」という長尾医師の言葉から、安全管理に関わる普遍的な真理を学んだ。

ACCESS /

名古屋大学医学部附属病院
〒466-8560 名古屋市昭和区鶴舞町65番地
TEL 052-741-2111(代)
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